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□『 蝉しぐれを聞きながら… 』 1
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 『 蝉しぐれを聞きながら…』


「…というわけだから、ごめん真史」

 辛そうな先輩の声がケータイ越しに耳に届く。
 僕はこの場にふさわしい言葉を見つけられなくて、ただ小さく「うん…」と言うしかできない。
 そんな僕の様子を察したのか、先輩がまた「ごめん」と謝った。
 先輩が謝るようなコトじゃないのに。
 これはどうしようも無いコトで、先輩に負担をかけないためにも僕がちゃんと言葉にしないといけないんだ。
 本当はものすごく残念で仕方ないけど、僕は無理に明るい声を作ってみせた。

「平気だから、先輩は何も気にしないで…」

「でも…」

 あぁ、先輩すごく辛そうだ。
 早くケータイを切らなきゃ。

「本当にもういいから」

「真史…」

 少しだけ言い淀んだ先輩の声に被せるようにして僕は言った。

「本当に気にしなくていいから。 先輩は早く休んで風邪を治してください」

 そう言い終わるのと同時に、ケータイの通話を切る。
 待ち受け画面に戻ったケータイのディスプレイを眺めていたら、ついため息が漏れた。
 窓の外ではうるさいくらいにセミが鳴いている。
 満開の桜の下で、あの大逆転みたいな先輩からの返事をもらって早4か月。
 季節は夏真っ盛りだけど、僕は夏休みを満喫しているとは言い難い日々を送っていた。
 それは、ここのところ先輩となかなか会うコトができなかったから。
 僕より少し先に夏休みに入った先輩は、春の終わり頃から始めたバイトで忙しかったし、僕は僕で夏休みの初めの方は夏期講習や部活があったりしてそれなりに忙しかった。
 そんな風に日々をすごしているうちに7月が終わり、先輩と会えないままに3週間もの時間が経過してしまっていた。
 さすがに会えないコトが淋しくなって先輩にメールしたら、今日から3日間バイトが休みだから遊びに来てもいいって言ってくれたんだ。
 それなのに……

「夏風邪とかって、先輩バイトのしすぎじゃないのかな…」

 今日になって先輩から「夏風邪ひいて熱出したから、会うのはまた今度な」と言われてしまった。
 それがさっきのケータイでの話。
 楽しみにしていた分 落ちたから、それが声に出てしまったらしく先輩は謝り続けてたんだ。
 具合悪いのに気を使わせちゃったみたいで、今さらながら申し訳なさが込み上げてきた。
 先輩のしんどそうな声を思い出して、切ったばかりのケータイを握りしめる。
 熱、高いのかな?
 風邪くらいでいちいち実家に帰ってられない。 寝てれば治る。 なんて言ってたけど、本当に大丈夫なのかな?
 あんまり酷いようなら、ちゃんと病院に行った方がいいと思うし…
 先輩って、いつも飄々としてて本心を見せないところがあるから、もしかしたら電話では無理してたのかもしれない。
 考えていたらどんどん心配になって来て、僕はいても立ってもいられずに愛用のメッセンジャーバッグを掴むと家を飛び出した。


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