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「おい、探してるのはこれか?」
学校まで続く川沿いの桜並木の下をウロウロと俯いて歩いていた僕に、いきなりかけられた声に弾かれたように顔を上げた。
同じ色のブレザーの制服。
見上げるほどの長身のその人は僕に向かって片手を差し出していた。
掌の上には小さな校章。
それを見て僕はハッとした。
「そうです、僕の校章」
「やっぱりか、やたら下見てウロウロしてるから、そうじゃないかと思ったんだ」
今日は、僕が昨日 入学式を終えたばかりの高校の始業式だ。
入学式とは違った緊張を胸に桜並木の下を歩きながら、僕は唐突に昨日 配られたばかりの校章を失くしたコトに気がついた。
駅で定期をしまった時には確かに襟に着いていたのに。
規則に厳しいと評判の学校の正門をくぐるのに校章無しでは気が引けて、僕は来た道を駅に向かって引き返しながら落とした校章を探していたところだった。
「あ、ありがとうございました。 あの…これ、どこに?」
「駅出て少し歩いた所。 色が赤だったから新入生のだって思って拾ったんだ」
言いながら僕の手を取って、そこにポトリと落とした校章を握らせる。
僕のものより一回りは大きい手だった。
「もう落とすなよ」
そう言ってふわりと笑ったその人の襟の校章は白色だった。
というコトは3年生だ。
「ありがとうございました」
もう一度お礼を言って下げた頭の上に大きな手が乗せられた。
そのままグシャグシャと掻き回される。
「じゃあな、1年」
手が離れて行くのと同時に顔を上げると、歩き出したその人は思い出したように振り返る。
「そうだ。 校章な、失くしても購買で買えるぜ。 税込500円」
柔らかな笑顔に目が離せなくて、歩き出した大きな背中をただひたすら目で追った。
掌の中には小さな校章。 それが何だかとても大切な物のような気がして、僕はそれをギュッと握りしめた。
――桜並木の通学路。 それが僕と久遠(くどう)先輩の出会いだった――