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□『 呼び桜 』
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 澄桜の声にハッとする。いつの間にか澄桜をガン見していた俺は、バツの悪さに口籠った。見惚れていた≠ネんて言ったら、絶対に怒られただろう。
「いや…お前、背ぇ伸びたなって思って…」
「俺は普通だろ? 智広が小っちゃいままなんじゃん」
「小っちゃい言うな!」
 澄桜のコンプレックスが女顔なら、俺のコンプレックスはチビ≠セ。中学に上がって周りの奴らがどんどん伸びて行くのに、俺の身長は停滞したままだった。中三で152pは、やっぱりコンプレックスだ。小柄でやせっぽちで、運動神経だけは良いからあだ名はサル=B 何のひねりもなくて、ツッコむ気にもなれない。
「可愛くていいじゃん」
 澄桜の言い草に頬を膨らませると、それを指で突つかれプッと空気の抜ける音がした。
 途端に澄桜が笑い出した。
 からかわれるのは癪だったけど、澄桜が笑ってくれた事の方がずっと嬉しくて俺も一緒になって笑った。澄桜の笑顔はものすごく可愛いと思う。
 小さな頃から内向的で人見知りの激しかった澄桜の面倒をずっとみてきた。皆が公園で遊ぶ中に入りたいのに入れず、遠くから眺めているだけの澄桜の手を引いて仲間に入れてやるのは俺の役目だった。寂しがり屋のくせにそんな思いを口に出せない澄桜が心配で、ついつい世話をやいてしまう。
 そんな思いは15pの身長差をつけられた今も変わらない。ふさぎ込んでる淋しそうな顔なんて見たくない。俺は澄桜にいつも笑っていて欲しいって、そう思うんだ。
「なぁ、智広。 志望校もう決めた?」
「嫌な事思い出させるなよ。 受験なんて、まだ先だろ」
 言い返しながらも、急に肩に掛けたカバンが重くなったような気がする。中には今日返してもらったばかりの、先月やった実力テストの順位表が入っている。予想通りの惨憺たる結果で、親に見せる事を考えると頭が痛い。
「澄桜はいいよな、成績良くて。 俺なんて受験できる学校が限られてるからさ」
「まだ時間あるんだから、頑張ればいいじゃん」
 くすくすと笑う澄桜に向かって、他人事だから言えるんだと俺は口を尖らせてみせた。
「あ〜ぁ、このまま陸上でどっかの私立のスポーツ推薦取れねぇかなぁ」
 そうなれば多少勉強できなくても高校に行ける。はなから捨ててる感は否めないけど、あの順位表を見たらそのくらい考えるのも無理ないと思う。
「智広は私立に行きたいのか?」
 澄桜のくすくす笑いが止まった。
 声のトーンが僅かに落ちたように思えたのは気のせいだろうか?
「そういう訳じゃないけど、普通受験するったって俺の頭じゃ私立のバカ校しかいけねぇもん」
 スッと澄桜の目が細められたような気がした。努力もしないで安易な考え方をする俺に呆れたのかもしれない。
 やる気の無さを見咎められたような居心地の悪さから、澄桜に同じ質問を返した。
「澄桜こそ、志望校決まったのかよ」
「まだ…でも徒歩通のできる公立校しか考えてない。 うちのあの状況じゃ私立なんて絶対無理だから」
 そう言って澄桜は視線を下に落とした。きっと、離婚するかもしれない両親の事を考えたんだろう。多分、どちらに引き取られたとしても金銭的負担を掛けたくないと思っているんだ。
 
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