「アイツが約束を守るような人間だと思ってたのか?」
「え?」
香月の言っている意味が解らず拓が聞き返すと、香月は冷たい笑みを浮かべたまま言った。
「アイツと、俺の転校をかけて取引したんだろ? 安川先生が多分そうだろうって教えてくれた。 知ってる? アンタがいなくなった後、俺、あの学校から転校させられそうになったんだぜ」
香月の言葉に、拓は思わず息を飲んだ。
あの時 香月の父親は、拓が香月と関わらなければ転校はさせないと約束したはずだ。
「アンタ、騙されたんだよ。 アイツは…そういう奴なんだ…」
「でも…それじゃあ…」
口籠り、香月の冷たい横顔を見つめる拓に、視線すら寄こさず香月は続けた。
「結局、安川先生と母親が間に入って転校はせずに済んだんだ。 その直後に両親は離婚して、未成年だった俺の親権は母親が持って、俺は母親の旧姓の新条姓に変わった」
「俺のせいで?」
途端に香月は笑い出した。
「そんな訳ないだろ? 昔 話したけど、あの夫婦はもう終わってたんだ。 離婚だって、俺が成人するまで待ってたのが早まっただけのコトだし…」
それでも…≠ニ拓は思う。
あの時 香月の為にと思って取った行動は、何一つ香月の為にはならなかったどころか返って香月を苦しめる結果になり、挙句自分一人が渦中から逃げ出したというコトになるではないか。
それを、自分が犠牲になれば良いなどと、浅はかな自己満足に酔っていただけだと思い知らされる。
(俺は、何の為に何をしたんだ)
後悔にも似た思いが込み上げる。
自分の精一杯だった行動が単なる自己満足で、ただ香月を傷つけただけで終わったコトを知った拓の言いようの無い徒労感が、つい自嘲じみた言葉になって零れた。