そのまま車内は無言になる。
「……」
沈黙は底無しのように深く、重く拓の心に圧し掛かる。
あんなに会いたかった香月がすぐ隣にいると言うのに、その事実は懐かしさや淡い記憶など微塵も感じさせずに、ただ辛く苦しい思いだけで拓の胸をいっぱいにする。
どうしようもない感情のざわめきに拓が膝の上の両手で拳を作った時、不意に香月の声がした。
「そのメガネ、まだかけてるんだな…」
まるで独り言のような言葉に 拓は答えて良いものかも判らず、一言あぁ≠ニだけ呟いた。
それでも、痛いくらいの無言よりはずっとマシで、拓はそのまま香月に話しかけてみた。
「香月…なんで名字…」
けれど香月はそれについて何も答えなかった。
また車内が重い沈黙に支配されたと感じた時、赤信号でレクサスは停止した。
「…あの時…アイツと どんな取引したんだよ?」
突然、香月の口から押し殺したような声が漏れた。
あの時とは、拓が香月の父親と対面し、香月と手を切るように言われた時のコトだろう。
けれど、拓が身を引けば香月を転校させないという密約が交わされたコトを、香月は知らないはずだと思うと言葉が出なかった。
「それは…」
拓が口籠ると、香月は前を見たまま口許に冷たい笑みを浮かべた。
それは、今まで一度も拓が目にしたことの無い、香月の表情だった。
「それって、俺の転校と関係あるんじゃないのか? だとしたら、アンタ ものすごくバカだ」
信号が青に変わり、再び走り出す車は無理な車線変更で前の車を追い越した。
「香月、危ないっ」
拓の上げた声には反応をみせず、香月は話を続けた。