Novel Library 2

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 31
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 あの日、香月の前から姿を消して以来、拓はあの街へ足を向けるコトは一度もなかった。
 拓が姿を消したように、拓にも香月の消息は判らない。
 一度、香月が高校を卒業した時に、安川から実家にハガキが届いた。
 そこには香月が県内の国立大へ進学したとだけ記されていた。
 ハガキを見つめながら、香月は自分の決めた通り経営の勉強をするために頑張ったんだろうな、と 嬉しくて、でも胸が痛くて、どうにもならない感情に涙が出そうになったのを覚えている。
 きっと香月は拓のコトなど忘れて、自分の人生を歩き出しているだろうと思った時、拓はこの店へ移るコトを決めた。
 でも、心のどこかにもしかしたら、香月の姿を見るコトができるかもしれない≠ネどという未練がましい思いがなかったと言えば嘘になる。
 もう一度会いたいなどという大それた望みは持っていない。
 ただ、遠目でいいから香月が元気な姿を見るコトが出来れば。 そういう思いだった。

「やっぱり。 絶対変ですよ、ここのオーナー」

 ふと見ると、愛美の手には何故か仏壇用の羽はたきが握られていた。

「でも、良い人だよね」

 羽はたきから目が離せないまま、拓が言うと、愛美はそれは そうなんですけど≠ニ、口ごもりながら、壁際に飾られていた装飾の多い壺にはたきをかけた。

「ねぇ、愛美ちゃん、そのはたき 仏壇用だって知ってる?」

 振り返った愛美は、それが何だとでも言いたげな表情で拓を見た。

「知ってますよぉ。 だって、これ うちの仏壇から持ってきたんですから。 この店って店内もだし、額とか壺とか細かい装飾のついた物が多いじゃないですか。 いろいろ試して、この羽はたきが一番掃除しやすかったんですよね」

 確かにミュシャが好きなオーナーの趣味で店内の内装はアールヌーボーを模した作りになっているから、装飾は多いし至る所に細かい細工が施されているから、掃除も楽ではないだろう。 なるほどと頷きながらも、何だか罰当たりな気がするなと拓は思った。

「西岡さんは、元々県外の人だったんですよね? こっちの生活慣れました?」

 事務スペース横のショーケースに移動した愛美は、やはり装飾過多で猫足のショーケースの上に置いてあったランプにザカザカとはたきを掛けた。
 エミールガレのランプは当然レプリカなのだろうが、ああも粗雑な扱い方を見ていると気が気ではない。

「うん。 と言うか、以前この県内に住んでたコトがあるからね。 もっとも前はもっと東部の方だったけど」

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