Novel Library 2

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 24
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 地元に残るよう家族中から言われたけれど、普段は大人しく口数の少なかった拓が頑として引かなかったために、最終的には両親が折れた。 歳の離れた兄だけが最後まで反対していたけれど、美大に合格して実家を出る朝 黙って駅まで送ってくれた。
 あの頃は家族の愛情を疎ましく感じたコトもあったけれど、今は温かい家族の愛情に感謝している。 帰る家があるというのは幸せなコトだと、そう思えるようになった。

「拓は家族に愛されてるんだな」

「頼りないから心配されてただけだって」

「あぁ、それは俺にも分るな」

 その言い草に、拓は読んでいた雑誌を丸めて肩の辺りにある香月の頭を一発叩いた。 痛い≠ニ文句を言いながらも香月の声は笑いを含んでいた。
 その笑い声が、不意に止んだ。

「俺は家族の繋がりとかって全然分らないんだけど、俺の中で一緒に食事をする≠チて言うのが幸せな家族のイメージなんだ」

 唐突に話だした香月の腕が、それまで回されていた胴から離れ、拓を包み込むように肩越しから回される。

「子供の頃、よくシュウさんの店の2階で 俺と母親とシュウさんの3人で飯食ったんだよね。 あ、俺の母親はアイツの会社の取締役でさ、シュウさんの店は母親が管理してるんだ。でさ、飯っつっても 普通の家庭の食事じゃなくてさ、店に出す料理の試食会みたいな感じで、それを食いながら二人でコンセプトがどうのとか、ニーズがこうとか相談してて、子供の頃はちんぷんかんぷんな話だったけど、その時いつも言ってたのがお客さんに笑顔になってもらう≠チて言葉だったから、シュウさんの料理でお客さんを喜ばせてあげるんだ、二人はその相談をしてるんだって思って聞いてた。 だから、店で実際に笑顔になるお客さんを見た時にシュウさんも母さんも凄い≠チて思った。 俺もいつか、お客さんを笑顔にできる店がやりたいって、子供だったから ただ漠然とそんな風に思ったんだ」

「もしかして、香月が経営学を勉強したいって…そのため?」

「うん、根っこの部分は それだと思うよ。 今は単純に、将来 起業したいって気持ちも混ざってるんだけどね」

 ふと拓が気になったのは、シュウさんの存在だった。
 香月の話には時折 シュウさんが登場する。 香月が子供の頃、香月の言葉に耳を傾けてくれる数少ない大人の一人だったらしいシュウさんに 香月はずいぶんと懐いているようで、以前から引っかかっていたのだけれど…
 ちょうどいい機会だから、今この場で聞いてしまおうと拓は思う。 でなければ、気にするばかりで一向にシュウさんの立ち位置が判らず、その存在が気になって仕方ない。

「なぁ、香月…シュウさんって お前の何なんだ?」
 
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