Novel Library 2

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 24
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「なぁ、拓…大学生の時、楽しかった?」

 耳のすぐ後ろから香月の声が聞こえた。
 ベッドを寄せた壁を背もたれにして座り、足の間に抱きかかえるようにして拓を座らせている香月が唐突に聞いて来る。
 ずいぶん前から二人はこの体勢でベッドの上に座り、拓は雑誌を読み、香月はそれを拓の肩越しから覗き込んでいた。
 同じ雑誌を読むのに並んで見るより この方が合理的だと香月が譲らず、仕方なくこんな体勢をとったのに香月は早々に雑誌に飽きたらしく、数分おきに拓に何か話しかけて来る。 大学の話を振られたのは、もういくつ目に振られた話題なのかも判らなくなった頃だった。

「ん、楽しかったよ。 授業は面白かったし、友達と遊ぶのも楽しかった。 サークルも入ってたし、飲みもよく行ったな。 課題制作が間に合わなくて、夜遅くまで学校に残ったりとかさ、あの時は大変だったけど 今は良い思い出だしな……別に大学に行くのが最善なんて思ってないけど、勉強したいコトがあって、行ける環境なら行くべきだと俺は思うよ」

 先程の進路の話が頭に残っていたせいか、つい説教口調になってしまった。
 けれど香月にそれを気にした様子はなく、拓の胴に回す腕に少し力を込め、首の辺りに顔をうずめて来る。

「拓と…同じくらいの年に生まれたかったな。 拓と一緒に高校生とか、大学生やりたかった……俺ね、中学ん時 まともに学校行ってないんだ。 親が放任なのをいいコトに、あんま素行の良くない友達とつるんでたから、授業どころか 学校自体登校してなかった。 だから何にも楽しいコトなんてないまま卒業して、高校に入った時も親が勝手に決めた高校に金の力で入ったような状態で、ホントはすぐにでも辞めるつもりだったんだ」

 項にかかる吐息をくすぐったく思いながらも、香月の話を黙って聞いた。

「でも、始業式で拓を見かけて、自分のやってることが急に恥ずかしくなったんだ。憧れの人に会えたけど、今の自分なんて みっともなくて見せらんないって…。 だから、そこから頑張ったんだ。 頑張ったらさ、普通の友達がたくさんできて、学校に来るのも楽しくなって、まともに学校行事に参加したのも初めてだったから、すごく新鮮で面白くて、俺ね、あの学校好きなんだ。もっとも、そうさせてくれたのは拓なんだけどね」

 実際、自分は何もしていない訳だから、拓はちょっとばかり複雑な気分だった。
 それでも今の日々が楽しいという香月を見るのは嬉しかった。 自分自身は何か思う所もなく 当たり前のように過ごして来た学生生活が、香月にとって こんなにも意味のあるものなのだとしたら、この先もずっと それを見守ってあげたいと思った。

「学校が楽しいのは、香月が努力したからだよ。 高校での大きな行事はほとんど終わってるし、3年に進級したら受験勉強一色になるかもしれないけど、それも良い思い出になるからさ」

「拓も受験勉強 頑張った?」

「俺は、勉強より家族の説得に時間がかかったよ」

「反対されたの?」

「反対と言うよりは、心配かな」
 
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