職員会議終了後、作りかけだった成績用の資料を作り、来年度の1年生の1学期のカリキュラムの相談を安川と終えた時、準備室の時計は7時40分を指してした。
「西岡先生、最近 張り切ってますね」
突然の安川の言葉に拓は首を傾げた。 そうだろうか? 特別 今までと仕事に対する姿勢は変わらないと思うのだけれど…
「だって、もう来年度のカリキュラムの相談なんてされたから、驚きましたよ。 昨年は確か、ギリギリまで放っておいたでしょ、あなた」
言われてみれば、昨年は確かに再三 安川に催促されたにも関わらずギリギリまで放置していた。 あの頃は教師という仕事に何のやりがいも希望も見いだせず、完全にやる気を失くしていた時期だった。
「どういった心境の変化ですか?」
笑いながら安川に問われたけれど、拓はそれを曖昧に誤魔化した。
まだ、何かを言えるような段階ではなかったし、拓の中では決心していても、ほんの少しも迷いがないと言ったら嘘になる。 そんな状態で自分の心の内を安川に話すのは早計な気がした。
拓の微妙な心持を安川が察したのかどうかは判らないけれど、めずらしく準備室の戸締りを買って出てくれた。
香月が待っているコトに気を取られがちだった拓は、有り難くその申し出を受けることにした。
こうして拓が、学校を出たのは もうあと数分で8時になろうという頃だった。
自宅の最寄駅の改札をくぐり、帰り道の途中にあるカジュアルなイタリアンの店に寄った。 ここはピザのテイクアウトができる。
12インチのピザを2種類買って、再び木枯らしの吹く舗道を急ぎ足で家に向かうと、拓の住むマンションが見えてくる。 この道からでは部屋に灯りが点いているかを窺い知るコトはできないけれど、きっと煌々と明るい部屋の中で香月がテレビでも見ながら拓の帰りを待っているんだろうと思うと、何だかくすぐったい思いに寒さを忘れる。
最上階で止まったエレベーターが1階に降りてくるまでの時間がやけに長いと感じながら、拓はそわそわする自分に苦笑した。
「ただいま」
玄関に鍵はかかっておらず、リビングからはテレビの音も聞こえなかった。
不用心にも施錠もせず、寝ているんじゃないかと心配しながらリビングに入ると、予想に反して香月はキッチンに立っていた。
「あ、拓 おかえり。 ごめん、気がつかなかった」
「いいよ、それより何やってんだ?」
香月の前には、何やらいい匂いのする鍋がコトコトと煮立っていた。