Novel Library 2

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 R
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 香月は視線を逸らさないまま しばらく口を引き結んでいたけれど、拓の手を握りしめる手に力を込めながら、言った。

「……この店に、いつも あの男の人と一緒に来てたよな? …あの人だろ? この前、拓ちゃんが別れた恋人って。 誕生日は毎年 恋人と一緒だったって言ってたもんな」

 ドキン、と心臓が鳴った。
 この店に来ていた拓を香月が知っていたなら、いつかは聞かれるかもしれないとは思っていたけれど、実際に問われると返事が出来ない。
 雄一と拓、二人の関係を肯定するコトは、そのまま拓の性癖をも香月に露呈するコトになるのだ。
 ヘテロの香月には理解が及ばない世界かもしれない。
 それ以前に、子供の頃の香月に嫌な体験をさせた男と、自分が同種の人間だと思われるのが、何より辛い。
 拓が黙ったままでいるコトをどう思ったのか、香月は拓の手から自分の手を そっと引くと同じように黙り込んでしまった。

「……」

 このまま黙りつづけているわけには行かないコトは拓にも よく判っていたけれど、どうしても言葉が出て来なかった。 肯定の一言は、喉に張り付くように引っかかったまま声にならない。
 何度も口を開きかけては言葉を飲み込み、その繰り返しに唇も渇き始めていた。
 そんな時、突然 香月があっ!≠ニ小さく叫んだ。 驚いた拓はピクリと体を震わせて、息を飲む。

「まだ全部じゃない…」

「?」

 突然の香月のつぶやきに拓は何のコトか判らず、少しだけ眉を寄せた。
 そんな拓を見て、香月は困ったように笑うと、

「まだ一つ言い忘れてたんだ、俺…」

 と、先程までの重苦しい空気を払拭しようとするかのように、組んだ両腕をテーブルにのせ拓の方に身を乗り出して来た。

「ほら、それ…」

 香月の人差し指が、拓の手の中のカップを指す。
 つられて拓の視線もカップに落ちた。
 カップの中には、ぬるくなり始めたアップルシナモンティーが3分の1ほど残って、琥珀色の水面に拓の瞳を移していた。 底に沈んでいるのは香月が自分で作ったという リンゴのコンフィチュールだ。

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