香月は拓から一度も視線を外さなかったのか、すぐに目が合った。
途端に動揺して、視線を逸らす。
「でも、声を掛けてくれたのは拓ちゃんだけだったよ。 帰り道、何人も人とすれ違ったけど、拓ちゃんだけだった」
香月の視線を痛いくらいに感じて、拓は視線を戻せない。
「拓ちゃん、あの時 俺になんて言ったか、覚えてないだろ?」
問いかけに思わず視線を上げ、また目が合う。 でも、今度は強い視線に射抜かれたように目を逸らすことができなかった。
「俺…何か言ったか?」
香月に見つめられ 落ち着かない拓の声は、冷静になろうとする意に反して裏返ってしまった。
それを見て、香月は小さく笑った。
「あの時さ、拓ちゃんは俺を抱き上げて我慢して偉かったな≠チて褒めてくれたんだ。 俺んちは前も話したけど、放任で金や物だけ与えておいて それ以外は我慢するのが当然みたいなトコあってさ、誰かに我慢したコトを褒めてもらったコトなんて一度も無かったから、すごく嬉しかったんだ。 でも、その後に叱られたけどね」
香月は当時のコトを思い出してか、クスっと笑った。
「俺が? 香月のコトを叱ったのか?」
まったく記憶に無いコトを言われて拓は少しだけ困惑する。
見ず知らずの子供を叱るなんて 自分がするとは思えない。
「うん、叱られた。 我慢するばっかりじゃなくて、辛い時は辛いって言わないとダメだ。 無理して笑うと、本当に辛いコトが判らなくなる≠チて、このケガだって我慢して酷くなったら元も子も無い。 君の周りの大人達だって、君が本当に辛い時は 絶対に助けてくれるから≠チて、そう言ってくれた。 だから、俺は親父の部下の男のコト、シュウさんに相談できたんだ」
「…それって……」
香月はジッと拓を見つめる。
拓も香月から視線が外せないまま、見つめ返す。
「うん、そうだよ。 拓ちゃんが、俺の憧れの人なんだ」
何も言葉が出なかった。
香月の話は俄かには信じがたいような話だ。
いつか香月から憧れの人の話を聞いた時、幼い香月を理解し その傷を癒すコトのできた人物に、拓は嫉妬にも似た思いを抱いていたのに、それが自分自身だったと聞かされてあぁ、そうですか≠ニ、言えるはずがない。 それも当時の自分が言ったらしい言葉さえも拓は覚えていないのだから。
しかし、そうなると雄一と別れた時、拓は自分の言葉に励まされたことになる。
それは それで少し恥ずかしい気もした。