Novel Library 2

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 Q
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 香月は、自分の前に置いたジノリのティーカップの持ち手を長い指で抓んで持ち上げたけれど、結局 口をつけることなくソーサーに戻し、おもむろに口を開いた。

「…拓ちゃんは覚えてないみたいだけど、俺達 前に会ってるんだよね」

「この店で、か?」

 香月は無言で頷いた。
 拓は、なんだかそんな気がしていた。
 でも、それが いつのコトなのかは思い出せない。 拓に残っている この店の記憶の中に香月の姿は無かった。

「…5年前の12月26日…拓ちゃんの誕生日だね。 その日、拓ちゃん、同じ歳くらいの男の人と この店に来てただろ?」

 香月に言われて、拓は記憶の糸を手繰り寄せる。
 5年前の誕生日なら、そうだ。 雄一と付き合い出してから 最初の拓の誕生日で、評判の良い店があるからと雄一に連れられて この店に初めて訪れたんだ、と霞みがかった記憶の海から思い出を一つ掬い上げた。
 当時 ハタチと19歳の二人は、いつも行くファミレスや居酒屋とは明らかに違う雰囲気の店に 少し緊張しながらも、自分が大人になったような気分と、料理や雰囲気に酔い、とても楽しい誕生日を過ごしたコトが思い起こされる。
 だから、それから先の拓の誕生日は毎年 この店に来ようと決めたのだった。

(でも、待てよ? 確か、一度 この店で何かあったような気もする…)

 元恋人との甘い思い出しかないはずの この店で何か別の記憶が頭をもたげた。
 かと言って、それは何か大きな事件やできごとではなく、些細な、忘れてしまっても仕方ないような出来事ではなかったか…。
 おぼろげで輪郭すら掴めない記憶の引き上げに、拓が黙ったまま取り組んでいると、香月がクスッと笑った。

「覚えてなくても無理ないよ。 あのさ、拓ちゃん 以前この店に来た時、ケガをした子供に会ってない?」

 その言葉に、拓はハッとして顔を上げた。

「会った…」

 言われてみて思い出した。 この店に初めて来た時、店の前で足を引きずって歩く10歳くらいの子供に会ったコトを。
 
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