大きく開かれた扉の向こうには、驚いたような顔で目を瞬かせる香月がいた。
「早っ!? つか、相手を確認しないでドア開けんのって不用心過ぎじゃね?」
「香月の声、聴き間違えるわけないだろ…」
そこまで言って、一週間前の一方的な電話の切り方を思い出し、拓は一人で気まずくなった。
一方 香月の方は、いつも通り過ぎるくらいに いつも通りで、何かを気にしている様子もないままに、俯く拓に向かって言った。
「拓ちゃんに、約束守ってもらいに来た」
突然の香月の言葉に、拓は理解が及ばす首を傾げて香月を見上げた。
「約束、って…?」
「やっぱ覚えてねーか。 前に約束したろ? 9月の終わりだったか、美術準備室で……デートしてくれるって」
「デート?」
あまりにも予想外の単語に、拓の声は裏返る。
それと同時に ずいぶん前、多分、拓が準備室で油絵を描いていた頃、そんな話をしたような気もして来た。
「そ、言えば…そんな約束した…かも?」
うろ覚えの約束を思い出そうと拓が記憶を巡らせていると、突然 香月に腕を掴まれた。
「な、何?」
「ま、拓ちゃんが覚えていようが、いなかろうが、約束は約束だから…じゃ、行こうか」
拓の腕を掴んだまま、もう片方の手でコート掛に引っ掛けてあったマウンテンパーカーとシューズボックスの上の鍵を無造作に掴むと、香月は拓を玄関から引っ張り出した。
突然の香月の訪問にすら気持ちが対応できていないのに、更に無理矢理部屋から引っ張り出された拓が状況を把握できないまま狼狽えている横で、香月は玄関の施錠をすると無言で拓を連れて歩き出した。
「ちょ、な…香月、待てって…」
一人慌て続ける拓の腕を取り グイグイと引きながらマンションを出て、路上で待たせていたらしいタクシーに押し込み ドライバーに行き先を告げると、シートに腰を落ち着けた香月は ようやく拓に向かって口を開いた。
「ってコトで、今からデートしよう」
その軽さに眩暈がしそうになる。