話しかけられるのを拒んでいた その後ろ姿は、安川が出て行ったコトで少し和らいだような気もするけれど、それでも容易に話しかけるのは憚られるような雰囲気だった。
以前、両親とも無関心で放任されていたと聞いたけれど、嫌いなわけではないようなコトを言っていたはずだった。 なのに、今の香月を見る限りでは、父親のコトを嫌っているようにも見える。
ふと、拓は自分の実家のコトを思い出した。
拓は至って普通の一般家庭で育ち、両親と祖父母と兄弟で暮らす、田舎にありがちな3世代同居だった。
出来のいい兄と愛嬌のある妹との3人兄弟で、真ん中の拓が一番地味な性格をしている。 だからと言って親に差別されたコトもなく、至って普通に ここに比べたらずっと田舎の町で暮らしてきた。
あまりにも普通に暮らす一家のために 未だにゲイであるコトを告白できずにいるけれど、地元で公務員になった兄と、同級生と結婚して親と同居している妹がいるのだから、拓が家族の心配をする必要も無いような気がして、結果 好きなようにさせてもらっている。
そんな風に家族との摩擦を知らない拓は、香月の抱えている感情や思いに掛ける言葉が見つからず、ただ黙っていた。 部外者の「気持ちは判る」などと言う、その場しのぎの慰めは何の役にも立たないコトを拓は知っている。
それでも押し黙る香月の後ろ姿は何だか傷ついているように見えて、胸が痛む。
何でもいいいから、何かしてあげたいと思った。 いつも香月が拓を助けてくれたように。
「…香月」
後ろから声を掛けると、眉根を寄せた不機嫌そうな顔の香月が振り返った。
「…何?」
その手をとって、マグカップを握らせる。
「ココア…そんなに甘くしてないから」
香月がマグカップを受け取ったのを確認して、ソッと手を離す。
何か理由があってココアを入れたわけではなかった。 香月の気が紛れれば何でも良かった。
「……」
拓に渡されたマグカップに視線を落としたまま、香月はジッとそれを見下ろしていた。
そして、心配そうに香月を見る拓をよそに、突然 プッと吹き出した。
「香月?」
驚いて目を瞬かせる拓に向かって、香月は笑いながら言った。
「拓ちゃんさ、学校に何しに来てんの? いろんな物 常備し過ぎだろ?」
香月は一頻り笑った後、手渡されたココアを一口飲んで「やっぱ甘い」と、また笑った。