(くそ…香月のせいだからな)
せき込みながらも睨みつけてやろうと顔を上げると香月の上半身はイーゼルに立て掛けられたキャンバスの陰に隠れていて、それも叶わなかった。
その時、呆れたように笑いながら拓の背中をさすっていた安川が、思い出したように香月に向かって言った。
「ああ、そうだ。 香月君、お父さんから学校に電話があったよ」
「親父から? またかよ――」
キャンバスの陰から顔を出した香月は、何故か眉根を寄せていた。
「最近、仕事が忙しくて帰れてないからって、香月君の様子が気になったみたい。相変わらず、ご多忙のようだね」
「そんなコトで、掛けて来たんですか? アイツ信じらんねー」
「お父さんのコトを、アイツなんて言ったらダメだよ。 お父さん、悲しむでしょ?」
「そんな訳ねーし。 安川先生、今度アイツから電話が来たら、下らね―ことで学校に電話すんなって言ってやって下さい!」
そう言い放つと、香月は窓際へ移動し背中を向けた。 その背は それ以上声を掛けられるコトを激しく拒否しているように拓には見えた。
安川もそれ以上は何も言わず、拓の方へ視線を戻すともう大丈夫?≠ニ聞いてきた。
拓が体を起こし頷くと、安川はさっきメールで送られてきた期末テストの問題なんだけどね≠ニ、話だした。 けれど、室内に生徒の香月がいるものだから詳しい話が出来ず、安川は
「この問題、場合によっては答えが2つになっちゃうから、もう少し突っ込んだ形の問題文にして」
と、プリントアウトした拓のメール文を差し出し、妙に抽象的な注文をしてきた。
「突っ込んだ形、ですか…」
まぁ、なんとかなるだろうとわかりました≠ニだけ答えた後、拓は一つ疑問に思ったコトを聞いてみた。
「安川先生、要件がこれだけなら、何でメールで済ませないで、わざわざ ここまでいらしたんですか?」
聞かれて黙り込んだ安川は、ややあって、ポンと手を打った。
「そうか、メールすれば良かったね」
本気で気づかなかったのか?と 訝しむ拓をよそに、安川は今度からはそうする≠ニ、笑顔を振りまきながら帰っていた。
「……」
悪い人ではないが、どうも安川と話した後は気怠いまでの脱力感に襲われる。
拓は一つため息を吐いて振り返った。
そこには背中を向けたままの香月がいる。