Novel Library 2

□迷走 Holly Night 第2話
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 その電車は発車する様子がないのに、扉が総て閉まっていた。
 この駅で停車している訳じゃないのかと首を捻っていると、跨線橋の階段を下りてきた一人の女の人が 何を思ったのか、いきなり電車の扉をこじ開けようとした。 何考えてるんだと、ちょっと引き気味で見ていたら、驚いたコトに電車の扉がスルスルと開き、女の人は何食わぬ顔で乗り込むと今度は扉を閉め、車内に消えて行った。
 一瞬見間違えかと思い 目をパチパチさせていると、今度は親父くらいの年齢の男の人がやって来て、同じように扉を開けようとした。

「あ、あの、すみません」

 目の前で繰り広げられている妙な光景に耐えられず、声を掛けてみると男の人は驚いたような顔をした後、あぁ≠ニ合点したように笑った。

「お兄ちゃん、この辺りの人じゃないだろ? 長野は雪国だからね、電車のドアを開けっ放しになんてできないんだよ。 だから、停車時間の長い電車のドアは、乗客が自由に出入りできるように手動で開け閉めできるんだよ」

「なんか、すごいっスね」

 合理的なシステムに驚いて そう言ったら、そんな大層なもんじゃないだろ≠ニ、笑われた。
 その後、その男の人に この電車に乗ったら穂高に行けると聞き、穂高なら前の方の車両に乗った方がいいと教えてくれた。 俺は、丁寧にお礼を行って、その人と別れ、前の方の車両に移動した。
 座席に腰を落ち着けて、時計を見ると7時近かった。 さすがに孝輔達もホテルに着いただろう。
 連絡しようか迷いながらケータイをいじっていると発車のアナウンスが流れて、発車ベルと共に、電車の扉辺りからプシュッと言う圧力のかかる音が聞こえた。 もう扉は手動では開けられないみたいだ。
 ユルユルと滑り出した電車に揺られながら、もう絶対に寝ないと、背筋を伸ばす。
 信濃大町から穂高まで、またしても30分くらいかかるそうで、今から30分間いかにして起きているか、それが俺の今の最大の関門だった。
 とにかく窓の外は見ないコトにした。 どうにも雪景色を見てると眠くなるような気がしてならない。 南松本の時も、信濃大町の時も、どちらも雪景色に見入っていたような気がするから。
 後は何かを考える。 楽しいことでも、おもしろかったテレビのコトでも なんでもいいから、ひたすら考える。
 何について考えるかを考えていた時、いきなり腹がキュルルと鳴った。
 そう言えば、今日は新幹線の中で駅弁を食べてから何も食べていなかったコトを思い出した。

「腹減ったなぁ…もう、こんな時間だしなぁ…」

 つい独り言を言ってしまった。
 本当なら、穂高駅についてから買い物をして夕飯は孝輔と二人で作ることになっていた。 孝輔は俺に美味い手料理を食わせてやるって張り切ってた。 持ち込みOKのコテージを選んだのは そういう理由もあってのコトだった。
 今 7時10分。 穂高に着くのは7時半頃だ。 急げば買い物も間に合うかな。
 やっぱり 今のうちに孝輔に連絡して駅前辺りで合流してもらった方が何かと都合が良さそうだ。

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