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□桜 Trip  〜 忘れっぽい天使・番外編 〜
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 翌朝、宿を出る際の俺はいろんな意味で居た堪れなかった。
 大浴場の朝風呂から部屋へ戻ってきたら、綺麗に片付けられていた布団。明け方近くまでの乱行で寝乱れていたのは一組の布団だけだったことを思い出せば、恥ずかしさに身の縮まる思いにならないはずもない。
 おまけに昨日とまったく同じチープな部屋着姿の俺に反して、ちゃっかり着替えまで用意していた和泉さんのオシャレな格好が居た堪れなさに拍車をかけていた。
 俺の格好なんて気にしないと和泉さんは言ってくれたけど、やっぱりこの差はない。俺が恥ずかしい。
 そして留めは、宿の玄関にきっちりと揃えられた和泉さんのピカピカの革靴とパチもんのクロックスもどき。もう完全に心が折れた。
 女将や従業員たちの見送りを苦い思いでやり過ごして、俺は早々に車の助手席に逃げ込んだ。
「和泉さん…次に旅行に行く時は、サプライズ無しでお願いします……」
「ん? 洋介からまた旅行に行きたい≠ネんて言葉が出るとは思わなかったな」
 華麗なハンドル捌きで山道を下る和泉さんは、完全に俺の言いたいことを取り違えてるみたいだ。
「楽しかったか?」
 でも、まぁそれでもいいか。
 和泉さんの嬉しそうな声に、俺は大きく頷く。
「うん、楽しかった。ありがとう、和泉さん」
「じゃあ、このまま直行するか」
「直行って、どこに? まだ、どこか行く予定があるの?」
 帰るとばかり思っていた俺が首を傾げると、しばしの間のあと呆れたような声がする。
「行かなくていいのかよ、コインランドリー」
「あっ、忘れてた……」
 途端に隣から笑い声が上がる。
 そうして延びてきた大きな手の平が、俺の頭をかき混ぜた。
「おまえって、本当……」
 やっぱり聞き取れなかった小さな呟き。でも、もうそれを聞き返そうとは思わなかった。
 触れる温もりと笑い声に言いようのない幸せを感じながら、俺は和泉さんに向かって「えへへ」と、ただ笑ってみせた。

     END    2016.05.01


 
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