その店のオーナーの息子が香月だというのか? 偶然にしても信じがたい。
それに、さっき香月が言った、拓と親しくなるチャンスだった≠ニは 一体どういう意味なのか?
どれもこれも、何のつながりも無いはずの事柄が どういうコトか繋がっていたらしい。 これはもう、香月の説明とやらを待つしかない、と拓はそれ以上考えるのを止めにした。
その時、店の奥からコック服を着た30代くらいの背の高い大柄な男が現れた。 首にタイをしているところを見ると、チーフシェフとかいう厨房の統括責任者なのだろう。
これがシュウさん≠ネんだろうか?
判らないことだらけで、何となく居心地が悪く、所在無げに佇んでいた拓の前にシュウさん≠ェ文字通り立ち塞がる。 その迫力に思わず視線を泳がせた拓にシュウさん≠ヘ、ニコリと微笑んだ後、頭を下げた。
「裕人がいつも お世話になってます」
予想していなかった父兄チックな挨拶に、拓は不意を突かれ 慌てて頭を下げた。
「い、いえ、俺…僕の方こそ、お世話になってます」
そう言い切った後、後悔に激しく赤面する。
横から香月がそうそう、俺がお世話してるんだよな≠ニ茶化しながら笑った。
(教師が生徒の世話になってるって、どんな挨拶だよ。 俺のバカっ! つか、香月、後で覚えてろよ)
赤面した顔を上げられず、頭を下げたままの状態で心の中で 自分と香月に悪態をつく。
その途端、シュウさんが体に見合うような大きな声で笑い出した。
「裕人のいう通り、可愛い先生ですね」
「はあ?」
まさか、初対面の男にまで可愛い≠ニ言われるとは思いもよらず、返事に困った。
せめてスーツにメガネなら もう少し恰好がついたものを、と今はこの格好を呪うしかない。
「それに、あの頃から少しも変わらないし」
突然 発せられたシュウさんの一言が引っ掛かる。
あの頃から変わらない≠ネんて、まるで昔の拓を知っているような口ぶりだ。
まったく知らない店ではないけれど、年に1度来るだけの客を店の人間が覚えているとは思えない。
「…あの、それは どういう――」
不思議に思った拓が そう言いかけた時、いつの間にか この場からいなくなっていた香月の声が、奥の方から聞こえてきた。