Novel Library 2

□『 桜の季節に… 』
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「ありえねぇ、そんなんありかよ。 年に一度のお楽しみだったってのに」

 しつこくボヤく佐藤先輩に堪りかねたように部長が声を張り上げた。

「いい加減にしろ、佐藤!」

 その声に思わず僕も首を竦める。
 それを見て、部長は少し慌てたように付け足した。

「悪い、真史。 お前のコトじゃないから」

 分かっているけど、やっぱり自分の名字を名指しで怒鳴られると戸惑う。
 困惑気味に引き攣った笑顔で僕が頷くと部長は佐藤先輩に向き直った。
 二年の佐藤先輩と、僕は名字が同じ佐藤だった。
 まったくの同姓だったから、元から部員の佐藤先輩はそのまま佐藤≠ナ、新入部員の僕は下の名前で呼ばれるコトになったのだけれど、最初の頃は佐藤先輩が呼ばれる度に僕も振り返っていたっけ。
 でも、同じ名字の佐藤先輩がいてくれたおかげで、僕は久遠先輩にも名前で呼んでもらえる。
 どこに行っても必ずいると言っていいほど多い、この平凡な名字であるコトをこの時ほど良かったと思ったコトはない。
 だって「真史」と久遠先輩に呼ばれる度に、僕の胸の内は歓喜して痛いくらいに震えるんだから。

「まぁまぁ奥村、そう怒るなって。 佐藤は年一回のこのイベントを心待ちにしてたんだから、好きなだけボヤかせてやれよ」

 久遠先輩のほんわりのんびりした仲裁に部長はため息を一つ吐いた。

「だってコイツ、うっとーしいんだって。 モデルが来られなくなって腐ってるのは佐藤だけじゃねぇんだから」

 美術部では年一回、夏休み前にデッサン会というものが開かれるらしい。
 顧問の先生の伝手で女性のモデルさんが来てくれるらしかったんだけど、なんでも身内に不幸があったとかで当日キャンセルになったと、たった今 部長から説明があった。
 この学校は男子校だから、若くて美人(という情報だ)のモデルさんが来てくれるとあって、ここ数日みんな一様にテンションが高かった。
 その分、期待外れに対する失望も大きいんだろう。

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