この笑顔、あの日の笑顔と同じだ。
柔らかな笑顔を直視できずに、僕は俯くついでに小さく頷いた。
「にしても暑いな、早く中間服になんねぇかな」
すっかり葉桜になってしまった桜並木を並んで歩いていると、先輩はネクタイを緩めながら文句を言う。
5月に入れば、学校の制服はブレザーからベストの中間服に変わる。
新入生の僕はようやくこの制服に慣れた所だから、どうせならもう少し着ていたいような気もするんだけれど。
「真史、ブレザーよりベストの方が校章落としやすいから気を付けろよ。 もう、あんな泣きそうな顔して探すコトの無いように」
あの日のコトをからかうように先輩が笑う。
「購買で買えるって教えてくれたの先輩でしょう? 今度落としたら、探さないで買いますから」
少し口を尖らせて言い返すと、先輩は「でも、500円とか高くね?」と肩を竦めた。
僕が先輩と再び会ったのは、先輩が校章を拾ってくれたあの日から一週間後のコトだった。
入部希望の美術部の見学のために覗いた美術室で、カンバスに向かっていた先輩を見つけた時は驚いた。
先輩の方も僕の顔を覚えていたようで、僕が入部希望だと知ると「俺達、なかなか縁があるな」と笑った。
その笑顔を見た途端 僕は急に胸が締め付けられるみたいに苦しくなって…
その直後、まるで天啓を受けたようにその胸の痛みが何を意味するのか僕は気づいてしまったんだ。
人はこんなにも簡単に恋に落ちるものなのか。
それとも僕が、どこかおかしいんだろうか?
確かにおかしいのかもしれない。 だって、相手は同じ男で…そうは思ったけど、気持ちは誤魔化しきれないほど明確だった。
こういうのを一目惚れと言うのかもしれない。
隣を歩く先輩の整った横顔をそっと盗み見る。
その途端、先輩が僕の方へ振り向いて、バチンと視線がかち合った。
見てたコト、気づかれただろうか?
慌てて、何か言わなければとどうでもいい話題を振る。
「え…と、岡先輩、彼女いたんですか?」