どんな理由にせよ、拓は自分の本心を言えない。
(俺は偽善者だな。 香月の気持ちを受け入れようとしないくせに、本当は……香月に触れたいと思ってる。 抱かれたいと思ってる…でも…)
分っている。 未成年の香月の気持ちに教師の自分が流されるわけにはいかない。 今までだって、気持ちを隠して教師という立場を通して来たのだから、できないコトは無いはずだと思った。
拓は自分の腕を掴む香月の手をやんわりと押し返した。
途端に その手を掴み直され 強く引かれて、拓の体は引き上げられ、香月の胸の中に倒れ込んだ。
とっさに体を起こそうとするのを、咎めるようにきつく抱きしめられる。
「そんなの関係ないって、ホントは判ってるんだろ? 学校も、周りの奴らも、世界中の誰だって関係ない。 これは俺と拓ちゃんだけの問題なんだ。 俺は拓ちゃんが、好き。 それ以外に何が必要なんだよ? 」
「香月……でも…」
「何度でも言うよ、俺は拓ちゃんが好きだ。 誰に何を言われても構わない。 俺の気持ちに嘘はないよ、だから……拓を俺だけのものにしたい」
唐突に名前を呼び捨てにされた驚きに 胸の奥に疼くような甘い痺れを感じて、香月の胸の中で拓の肩がビクリと震えた。
それが合図だったかのように、香月は拓のあごを捉え、激しく唇を合わせてきた。
一瞬、抗おうとした拓の手を握り指を絡めてくる。 そうする間にも、香月に唇を荒々しく押し付けられ、舐め、吸われた。
「ん、ん…っふ……」
あまりの息苦しさに拓の目じりに涙が滲んだ時、香月の唇が微かな音と共に離れて行き、頬に手を当てると親指で目じりを拭うように撫でながら、拓の目を覗きこんで来る。
その仕草が、まるで答えを促しているようで拓は狼狽して口を噤んでしまう。
香月の真剣な眼差しに拓が言葉を失うと、もう一度強く抱きしめられた。
そのきつい抱擁から逃れようと、体を引いた拓はテーブルにぶつかった。
カチャンという高い音を響かせて、ティーカップがソーサーの上で倒れる。
香月が拓のためにブレンドした琥珀色の液体がソーサーの上に零れ、不意に甘いリンゴの芳香に混ざってシナモンの香りがした。
その香りを感じた時、唐突に拓は自覚した。
自分が、7つも年下の教え子に、ずっとずっと守られてきたコトを。
居場所のない学校での日々も、雄一との関係に悩んだ時も、そして雄一との永すぎた春に終止符を打った時も。 香月は いつも拓の傍に居て、拓の話を聞いて、拓に笑顔を向けてくれた。
香月と、生徒と教師の関係だけでなくなった密約を結んだ あの夏の日から、好きだと気づいた秋の日から、こんなに僅かな時間の中で、その存在が どれだけ大きくなっていたコトか。