その笑顔がいつも通りの 少し大人びた優しいものだったコトに拓は安心したものの、香月の親との確執を思うと 口は出せないと思っていても つい気になってしまう。
「ありがとう、拓ちゃん」
「…ココア甘かったんだろ? ごめん」
香月の礼が何に対する物だったのか、拓にも判っていたけれど、敢えて気づかないふりをした。
どんなに気になっても、香月が自分から話さないコトを聞き出すようなコトはしたくなかった。
「拓ちゃん、甘党だからな…でも、このココアにもシナモン入ってない?」
「ん、ホットシナモンチョコレート≠烽ヌき」
「…何、それ?」
「クーベルチュールチョコと生クリームとココアとシナモンで作る、温かい飲み物」
「なんか…最強に甘そう……」
香月の何とも言えない困ったような表情に、つい笑ってしまう。
ほんの少しでも香月の気が紛れたのなら良かったと、香月の持つマグカップに手を伸ばす。
「無理して飲まなくていいぞ? コーヒー淹れようか?」
「拓ちゃん…」
伸ばした左手を不意に握られ、拓は飛び上がりそうなくらい驚いた。
拓の手に触れた香月の右手は、総ての指を包み込むように握り、人差し指の腹で拓の手の平をゆっくりと撫でてくる。
トクンと胸の奥に痛みにも似た振動が伝わった。
拓は全神経が 握られた手に集まって行くような錯覚を覚えて、息をするのも忘れそうになる。
意識の総てが集中するそこは、緊張のせいで逆に血の気が引き冷えていった。
「拓ちゃん、手 冷たいな…」
(お前が触ってるせいだ…なんて言えないんだから、早く離せよ)
心の中で悪態をつきながらも自分から手を離すコトはできなくて、息を詰めたまま その手を香月の弄ぶままにさせていると、急にその手は握り直され 香月の手を添えられマグカップに押し当てられた。