Novel Library 5

□Symmetry vol.20
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「どこ見てんだ、気をつけろっ!」

 すれ違いざまに肩が当たった酔っ払いの怒鳴り声を背中にぶつけられたけど、それを無視して走った。
 ユキが落ち着いた頃、俺は帰ったばかりの家からまた飛び出していた。
 深夜に行先も告げずに家を出たなんて親にバレたら叱られるのは間違いないだろう。俺はまだ高校生で、どう足掻いたって未成年の子供だから。
 だけど来ずにはいられなかった。自分がなにをどうしたいのか、どうするべきなのかようやく気がついたんだから。
 ほんの一、二時間前に後にしたハルの部屋の灯りが点いているのは、通りからでも確認できた。
 だからと言って起きているとは限らないし、ドアを開けてくれるかも分からない。迷惑がられるのも覚悟の上だ。
 それでも、俺は――
 案の定、インターフォンは繋がらなかった。
 もちろんそんなのは予測済みで、俺は深夜だとか近所迷惑だと分かっていながらもドアを叩いて声を上げた。

「ハルっ! ハルっ!」

 ハルにスルーを決め込まれ近隣住民に怒鳴られるか、下手したら警察に通報されるのも覚悟していたけど、意外にもドアはすぐに開いた。

「バカ、夜中だよ、なにやって―――ちょ、ちょっと…」

 細く開かれた隙間から小声で窘めてきたハルを無視して強引にドアを開ける。そのままハルを押しやり玄関への侵入を成功させた俺は、有無を言わせずハルを抱きしめた。
 驚き過ぎたのか、ハルは体を強張らせて固まっていたけど、俺の背後でパタンと玄関ドアが閉まった音で我に返ったのか、すぐに力いっぱい押し返してきた。

「な、なんなんだよ、おまえ! こんな夜中にいきなり来て大騒ぎして…ていうか、帰ったんじゃなかったの?」

 ハルの問いかけを無視して、もがく両手を封じ込めるように俺より一回り小さい体を抱きしめ直す。

「俺は、ユキが好きだ! 絶対、一生好きでいる」

「ハァ? そ、んなっ、分かり切ってるコト言いに戻ってきたの? 今さら過ぎっ」

 尚ももがくハルの顔を覗き込み、若干色素の薄い瞳を俺はしっかりと捉えた。

「だけど、あんたのコトも好きだ」

 ピタリとハルの動きが止まる。
 捉えた瞳は大きく見開かれたけど、直後に眉間に深い皺が寄った。

「なに、言ってんの?」

「あんたが好きだ」

「だからっ――」

「ちゃんと考えた。あんたのコト好きかもしれないって気がついてから、ここに来るまで何度も考えた。ユキのコト好きだって気持ちは絶対に失くせないけど、もう諦めがついる。でもあんたのコトは諦めがつかないし、好きだって想いも気づいた以上は無かったコトになんてできない。ユキもハルも、どっちも好きなんて不誠実極まりないのかもしれないけど、俺の本当の気持ちだからどうしようもないんだ…だろ?」

「だろ?って…俺に同意を求めるなよ。だいたい何度も言ったけど、俺はルキを自分勝手に利用して――」

「なぁ、そういう水掛け論はもう止めよう? 利用したとかしないとか、そんなコト本当にどうだっていいんだ。そうじゃなくて、俺が知りたいのはあんたが俺をどう思ってるかって、それだけだ」

「ど、どうって……」

「ハル、あんた言ったよな、俺たちは似てるって。俺もそう思うよ。だから、あんたの考えてるコトも分かる。さっき言ったよな、俺は特別だって。他のセフレとは違うって。それってさ、ハルも俺を好きだってコトだろ?」

「い、良いように解釈すんな。俺は、そんなコト一言も――」

「言ってない? でも思ってるんだろ?」

 フイッとハルは視線を逸らした。
 その僅かな動きが肯定を表しているんだと気づいていないはずがない。

「なぁ、ハル…俺たちって本当に似てるよな。好きになっちゃいけない人を好きになって、その想いを断ち切れないでズルズル引き摺って。でもさ、俺たちはなにか悪いコトをしたのか?ただ人を好きになっただけだろ? それが好きになっちゃいけない相手だとしても想いはどうしようもないんじゃねえの?」

「理屈ではね…でも世間じゃ許されないし、理解もされない――」

「あぁ、だからこそ俺たちはお互いを理解できるんだろ。世間に許されなくても、理解されなくても俺たち二人が理解し合って、許し合えるならそれでいいんじゃねえの?」

「……」

 応えないハルに気持ちばかりが逸る。俺の想いはちゃんと伝わってるんだろうか?
 いや、絶対に伝えなきゃ。
 ハルが自分の中に抱え込んだ複雑な感情に整理をつけて、前に踏み出せるように。

「ハルは俺を利用したって言うけど、利用されたのなんて相殺しきれないくらい俺はあんたの存在に助けられてきたんだ。そりゃ中学の頃は単純に、ユキに向けられないヤりたい気持ちをぶつけてただけだったけど。でも再会した時は違った。あの時、俺は本当に心が折れる寸前だった。俺からユキを奪った南雲に対する嫉妬で狂いそうだったのに、俺の気持ちを知らないユキはアイツに抱かれた後の幸せそうな顔を平気で俺に見せるんだ。毎日が拷問みたいで死んだ方がマシなんじゃないかって思ったよ。でも――」

 彷徨っていた視線がゆっくりと俺へ向けられた。それをしっかり受けて止めてハルを見つめ返すと、瞼を伏せるようにまた視線が逸れる。
 その眼をずっと俺に向けさせたい。
 俺だけをハルの瞳に映し込みたい。
 焦りだしそうな気持ちを抑えるために、一つ大きく深呼吸する。

「ハルと再会して、あんたが俺のユキへの想いを知っていてくれて、否定も批判もしないでくれただけで救われたんだ。どんなに辛い想いでも、それは俺にとっての真実だったから…無かったコトにしてなくてもいいんだと思わせてくれたのはハルだよ」

「そんなの…俺も同じ穴の貉だったってだけで……」

「それでも俺は嬉しかったんだ。ハルがいなかったら俺、ユキになにしてたか分からない。一人だったら、いろんなコトを踏み留まれなかったかもしれない。けど、ハルが居てくれたから」

 伏せたままの瞳をもう一度捉えたくて、ハルの顔を両手でソッと包んで上向かせる。

「ハルは、違うのか? 俺の存在なんてこれっぽっちも救いにならなかった?」

 両手の平の中にすっぽりと納まった小さな顔が、少しだけ左右に揺れた。

「…俺は、ルキになんにもしてあげられなかったよ。あの時、図々しくも自信はあったんだ。中学生の頃のルキとユキに自分と七菜子を重ねてしまって…行く末に明るい結末が待ってるとは思えない関係に二人が傷つかずに済むように手を貸してあげられるって。本気でそう思ってたけど…俺は自分の恋の苦しさから逃げ出して、結果おまえたちからも逃げたんだ。それだけでもう、どの面下げてってレベルなのに、性懲りもなくまたルキに関わろうとするとか最低だ」

「俺に関わったのは、逃げたコトへの後ろめたさだけだって言いたいのか?」

 ハルは返答に困ったのか、少しだけ首を傾げてまた視線を落とした。瞳を隠すように被さる長い睫毛が僅かに震えている。
 それを見ていたら、これから告げられる言葉の先に悪い予感しか思い浮かべられず、ハルのが伝染したみたいにそのほっぺたに触れたままの指先が震えだした。

 
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