(俺んちじゃ、ない…)
目に飛び込んできたのは結有の住むアパートではなかった。 それでも見慣れた街並みに結有はたじろぐ。
ここは結有のアパートよりずっと都心に近い、祥悟の住む町だった。
(近いはずだ…)
一瞬止まった思考回路が再び機能し始めるより早く結有は振り返り、今降りたばかりのタクシーに乗り込もうとしたが、目の前でドアは素っ気無く閉まってしまう。
ガラス窓に張り付かんばかりの勢いだった結有の様子をどう勘違いしたのか、運転手はにこやかに手を振ってみせた後、滑るようにタクシーを発進させた。
(違う! 乗せて欲しかったんだって…)
結有の心情など知る由もなく、あっという間にタクシーは大通りの車の列に紛れていく。
それを恨みがましく見送りながら、がっちりと掴まれた腕に逃げ場がないコトを痛感した。
祥悟のマンションはこの先だ。
こんな所へ連れて来て、一体どうするつもりなんだと結有は歯噛みしたい思いで振り返り太一を睨みつけた。
祥悟を交えて3人で賭けの結果発表でもするつもりか、などという考えが頭を掠め、途端に怒りが再燃する。
思いに任せて太一の手を振り解こうとした時だった。
「聞いてたんだろ?」
結有の感情とは正反対の穏やかな声が耳に届いた。
「?」
引きかけた腕を止めた結有に太一はもう一度「聞いてたよな」と呟き、いつもふざけてばかりだった太一とは思えないほどの真顔で見つめて来た。
「タクシーの中で言ったコト、あれ全部ホントの話だから…」
「全部って…」
「あぁ、俺がずっと結有のコト好きだったのも、振り向いてくれないお前に疲れて他の奴を選んだのも、全部ホントの話だ」
思わず言葉に詰まる。
(タクシーの中のあれ、俺が寝たフリしてるの知っててわざと話したのか…)
結有の腕を掴んだまま真剣な眼差しで話す太一の様子に、怒りの持って行き場を失くした結有はどう反応したらいいのか戸惑い視線を逸らした。