ホットなボーイとクールなガール!!
□ホットとクールのファーストコンタクト
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春、出合いと別れの季節。
数週間前には涙を浮かべて、先輩方を見送ったというのに、明日には新しい後輩達を迎えようとする。
巡り巡る。
背を押すのはいつも時間。
四季が一巡すれば、子供たちは次のステップへ流される。
あるいは別の道もあるのかもしれないが、恐らくは茨の道を進むことになるだろう。
そんな勇気を俺は持ち合わせてはいない。
だから、平凡な俺は平凡に生きる。
流されながらも、コツコツと小さな幸せを積み重ねて。
何はともあれ、俺は次なる舞台へと歩みを進めた。
2-A教室。
教壇に教師が立っているというのに、どこか落ち着かない空気が流れていた。
ヒソヒソと微かに聞こえる話し声は、来たるべき聖戦に向け、ネタを仕込んでいるところなのだろう。
俺もボケるべきか、それとも、無難に済ませるべきか…。
頭の中で、リスクやら、リターンやら、プライドやらを足し引きしていると、隣人が小声で話しかけてきた。
「夏芽っ…、耳を貸せ」
「何だよ」
「一緒にネタをしようぜ」
「嫌だ」
冷たく言い放つ。
ネタをするのは嫌ではないが、相方は選ぶべきだと、コイツに教わった。
松山佳祐。
昨年も同じように隣の席に座り、同じように話しかけてきた。
「お前は去年の悲劇を忘れたのか」
「あぁ…あれは酷かった。誰一人クスリともしなかったな」
「それは仕方ない。単発ネタじゃなくて被せて笑いを取るものだっただろ」
だけど、コイツは逃げた。
俺が捨て駒になったにも関わらず、スベるのが怖くなって保身に走りやがった。
「あのときは悪かった。だが、俺はもうあの頃の俺じゃない」
「だったら一人で頑張ってそれを証明してくれ」
話は終わりだとばかりに、身体を正面に向ける。
ちょうど、教師も話し終えたようで、自己紹介に移るところだった。
「出席番号一番の綾川から順に自己紹介していってくれ」
教師に促されて、一人の女生徒が立ち上がった。
どんな顔をしているのか、後ろからは分からないが、長い艶やかな髪が印象的だった。
「綾川彩音です」
初めて聞く声。
しかし、初めて聞いた名前ではない。
「好きなものも、苦手なものも沢山あります。以上」
「次、上野」
教師も、クラスメートも何事も無かったかのように次へ進む。
少女も役目を終えたと言わんばかりに、椅子に腰を下ろす。
受け入れられるはずのない自己紹介。
それが受け入れられる程に、彼女は有名だった。
Absolute zero。
-273℃の視線は彼女に関わろうとするものを瞬時に凍りつかせる。
誰も彼女に近づけないし、彼女も近づかない。
彼女はいつでも孤独に咲き誇る。
七十五日経っても消えなかった噂。
そして、噂は現実として認識されたようだ。
ホームルームが終わると同時に松山が席を立つ。
「俺、ちょっと綾川に話しかけてくる」
止めようかと思ったが、暇だったから見守ることにした。
「そうか、お前なら大丈夫だ。頑張れよ!」
俺が無責任に背を押すと、松山は不敵な面構えで歩いて行った。