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□疑惑
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*時間軸/江高2、真琴高3。
夏休みもそろそろ終わるという頃、凛は時間を作って実家に帰ってきた。
帰ってきたと言っても、いられるのは3日間だけだ。
それでも江は充分嬉しかったらしい。
貴重なお兄ちゃんとの時間だから、有効に使います!と握り拳を作り、凛に満面の笑みを見せた。
年頃の女の子だというのに、江は兄である自分によく懐いている。
それは凛にとって喜ばしいことではあるのだが―――丸一日ショッピングやらカラオケやらに連れ回されたとなればさすがに疲れる。
夕飯のあと、用意された一番風呂に有り難く入り風呂を済ませると、江がノックもなしに浴室に入ってきた。
タオル一枚を腰に巻いた状態だった凛は間抜けなほどにうろたえたが、年頃であるはずの妹は不満げに眉を寄せた。
「もうっ、せっかくだから背中流してあげようと思ったのに。お兄ちゃんお風呂早いんだから!」
ついでに色々見れると思ったのに、という江の呟きは聞かなかったことにしたい。
もちろんすぐに追い出した。バカという罵声付きで。
自分も凛の次に入るつもりだったらしい江は自分のタオルや着替えを用意しており、ぐったりと疲れた顔をする凛の横を笑顔ですり抜けて浴室へ入っていった。
あとで江にはきちんとお説教をしなければ、と凛は髪を拭きながら部屋へ向かう。
その通り、江の部屋のドアが開いていて、凛はため息をついて閉めようとドアノブに手をかけた。
が、視界に入ったものに引き寄せられるように江の部屋に足を踏み入れた。
江の机の上、勉強道具に紛れて置いてある数枚の写真。
遙や真琴に渚、怜。岩鳶の水泳部で撮った写真のようだ。
焦点を筋肉に当てている写真が混じっているので、撮影者はもしかしなくても江だろう。
一見その写真たちは何の変哲のない、ただの部活中の写真だ。
だが、凛は見逃さなかった。
―――一枚だけ、江が写っている写真。隣にいるのは真琴だった。
自分にしか見せていなかった江の満面の笑み。そこには凛には見せない「女」の色をふくませていた。
2人の目線はカメラには向けられていない。恐らく隠し撮りだろう。
―――そして、江はこの写真をわざわざ他の写真からよけていた。
そうする理由を考えそうになったが、バタバタと廊下を走る音に遮られた。
「あれ、お兄ちゃん? 何してるの?」
「あ? お前風呂は」
「パジャマのズボン忘れちゃってとりに―――って、それ!」
凛が手に持っている一枚の写真に気づいた江が、血相を変えて凜に飛びかかる。
写真を凛から取り、江は真っ赤な顔で目を怒らせた。
「お兄ちゃんのバカ! 年頃の女の子の部屋に勝手に入るなんて信じらんない!!」
「はあ?」
さっきまでは何の不満もなく話しかけて来たのに何を今さら、と怪訝な顔をした凛を、江は問答無用で部屋から追い出そうと背中を押す。
「もーっ、早く出てって!」
「それより江、お前さっきのあれなんだよ。真琴とどうにかなってたりしないだろうな?」
「〜っなってないよ、そんなの! バカバカ、お兄ちゃんのデリカシーなし!」
バタンっと勢いよく閉められたドアを、呆気になって見つめる。
………嘘だろ、おい。
突然目の前に降ってきた妹の恋愛事情に眩暈を覚えながら、凛は携帯を取り出した。
***
夕食とお風呂を済ませた真琴は、弟妹たちに捕まっていた。
今日は宿題をするつもりだったのだが、可愛い2人に「遊ぼう」せがまれてしまえば嫌とはいえなかった。
トランプに付き合っていると携帯が鳴った。
ハルちゃん?、目を輝かせる2人だが、遙はめったに電話をかけてはこない。
渚かな、と検討をつけて携帯を開くと、意外にも凛からの着信だった。
ごめん、と2人に詫びてリビングを出る。
何の用だろうと不思議に思いながら出ると、不機嫌な凛の声が聞こえた。
「どうしたの、凛。珍しいね、俺に電話なんて」
『―――お前、江とどうにかなってたりしねぇだろうな?』
ドスの利いた声で訊かれた問いに、真琴は虚を突かれた。
いったい何故そんな疑いをかけられているのかさっぱりわからない。
「え、っと。凛。珍しくかけてきた電話の内容にしては、だいぶ不適切で無礼だと思うんだけど一応訊こう。―――どうした?」
『いいから質問に答えろ、お前江に何かいかがわしいことしてないだろうな!?』
さっきの質問とちょっと違う、という突っ込みは入れずに、真琴はなるべく穏当話を済ませようと口を開いた。
「何もないよ、全然」
『何でそんなこと言い切れるんだよ!』
「いや、江ちゃんはマネージャーだし可愛い後輩だけど、それ以上の何かは」
『可愛い!? お前江のことそんな目で見やがってたのか!!』
「ええっ、なんでそこに反応するんだよ。とにかく凛が心配するようなことは何もないってば。ちょっと落ち着けよ」
『本当だろうな!?』
「そもそも部活の練習だけで毎日ヘトヘトだし、ナニかできる隙間もないんだよ。江ちゃん、特別遅くに帰ってくることないか、お母さんに訊いてみなよ。絶対そんなことないから。部活中だってコーチや部員のみんなもいるんだし、2人きりになる場面なんてないんだよ」
『……』
「……納得してくれた?」
とにかく凛の疑いを晴らそうと事実を言ったが、電話の向こうの凛はだんまりとしてしまい、電話越しで表情が見えないせいで沈黙がやたらと長く感じる。
たっぷり十秒使って黙っていた凛が、ようやく口を開いた。
『……本当に何もねえんだな?』
「うん、ないよ」
『ふーん。……ならいいけどよ』
何故か上から目線な口調に苦笑しつつ、真琴は何でこんな問答をさせられたのかと内心で首を傾げた。
「で? どうしてそんなこと訊くの?」
『………写真』
「え?」
『お前が、江と……』
もごもごと口の中で喋る凛の声が聞き取れず、「なに? もう一回言って」と聞き返すと、何故か『知るか!』と逆ギレされた挙げ句に電話を切られた。
なんて理不尽な。疲れたため息を吐いて携帯を畳む。
凛が言っていた「写真」と「お前が、江と」というワードを思い出して、うーんと腕を組んで記憶を巻き戻す。
あ、と思い当たることが1つあり、真琴は自分の部屋にある写真を頭に浮かべていた。
岩鳶水泳部で撮ったいくつかの写真。その中に一枚だけ、自分と江だけが写っている写真があった。
江のカメラを借りていた渚が撮ったもので、「2人とも自然体でナイスショットじゃない?」といつもの笑顔で見せてきたのだ。
感謝してくれていいんだよ?、とみんなには聞こえないようにこっそり言われたときは、熱くなった頬を自覚して思わず「バカ!」と怒鳴ってしまった。
あれを凛が見たのなら、シスコンを発動させて電話をしてきたのも頷ける。
真琴も妹を持つ身だ。凛ほど狭量ではないが、気持ちはわからないでもない。
「……ていうか、疑いかけられる材料が写真だけってのも」
情けない。
声にならない呟きに肩を落とす。
江に少しでも手を出して疑われるならともかく、写真に2人で写っただけとは。
それだけでキレる凛もどうかと思うが、疑われる材料をそれしか作れていない(元を正せば作ったのは渚だが)自分も情けない。
手を、出せるのなら、
「……もう、とっくに出してるよ」
自分を兄のように慕う江は、いつだって無防備だ。
その無防備が信頼の証のようで、真琴は江の前で「男」を出せない。
むしろ少しくらい警戒されるほうが踏み込みやすいのだが、こうも信頼されてしまうと今の関係を壊すことに臆病になる。
……やっぱり情けない。
お兄ちゃーん、とリビングから呼ばれて、慌てて返事をしながら戻る。
いつか、―――いつか。
叶うのなら、彼女の兄に疑惑を持たれるときは、彼女と「ナニか」なっていたらいい。
文句も罵声も受けてやる。何だったら拳だって食らってもいい。
手強い障害に負けるものかと、真琴はこっそりと1人決意を固めた。
FIN.
真江+凛(松岡兄妹)のSS。松岡兄妹可愛くって思いの外書いてて楽しかったです〜。ブラコンシスコン兄妹に介入する真琴は苦労するでしょうね(笑)ふぁいと!