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□汗ばむ手のひら
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―――灼熱地獄とはこのことだろうか、と未夢はあまりの暑さに眩暈がした。
頼まれた夕飯の買い出しの帰り道、木の下を歩くと蝉の音が時雨のように降り注いでくる。
聴覚を占領する音に耳を塞ぎたくなるが、生憎重たい買い物袋で両手は塞がっていた。
暑さと手の痛みで倒れそうだ。
溶けモノは買っていないので、日陰でひと休みしても問題はないだろうと、ノロノロした足取りで公園のベンチに腰かける。
「ふぅ……うわぁ、汗だらだらだ〜」
不思議なもので、動いているときよりも止まったときの方が汗は大量に出てくる。
慌てて汗をハンカチで拭うも、あとからどんどん溢れてくる。
うう、なんか喉渇いてきたなー。
だがしかし、この日陰から出て飲み物を買いに行く体力はもはやない。
ならば覚悟を決めてさっさと帰ってしまった方が良いだろう。ぐっと力を入れて重たい腰を上げた。
「よし、行きますか。―――ひゃっ!?」
首にヒヤッとした何かが触れて、悲鳴を上げて飛び上がる。
その勢いでかぶっていた麦わら帽子が地面に落ちた。後ろを振り向くと、「ばぁか」と呆れた顔をした彷徨が立っていた。
「かかか彷徨!?」
「どもりすぎ。ほら、帽子」
軽く砂を払った帽子を渡され、「もう!」と目を怒らせて引ったくる。
「いきなり何するのよ、声くらいかけて!」
「お前が鈍いだけだろ。それに、飲み物あげようかなーとか思ってる俺に随分な態度じゃないか?」
「あ! オレンジジュース! ごめんなさいありがとうございます彷徨さま!」
現金な奴、と吹き出した彷徨から缶ジュースを受け取ってプルタブを開ける。
カラカラに渇いていた喉が潤い、ぷはーっと息を吐いた。
「いやはや助かったよぉ。もう喉渇いて干からびるかと思ってたの」
「買い物ついでに飲み物くらい買えよな。熱中症にでもなって倒れたらシャレになんねえぞ」
「えへへ、面目ない」
隣に腰かける彷徨にそう言って笑うと、ビシッとおでこを指で弾かれた。
「いたっ!」
「笑い事じゃねえよ、反省しろ」
「う……、ごめんなさい」
「ん」
心配性だなぁ、とは思うものの口には出さない。出したらたぶんお説教タイムになるからだ。
それに、彷徨が誰かの体調を思って心配する理由は、ちゃんとわかっているから。
……あんまり心配させるのはよくないよね、うん。
反省反省、と自分に言い聞かせる。
「あ、彷徨もジュース飲む?」
「飲む」
ヒョイと手から缶を持っていかれる。
彷徨も喉が渇いていたのか、あっという間に飲み干してしまった。
「あー! なんでぜんぶ飲んじゃうのよ!」
「俺の金で買ったんだから文句言うな。ほら、帰るぞ」
そう言って立ち上がった彷徨は、さり気なく重い方の買い物袋を持ってくれる。
ぶっきらぼうな優しさにクスリと笑みがこぼれる。
「そういえば、彷徨は何の帰り?」
「三太んち行ってた。夏休みの宿題やりに」
「宿題……」
「お前、どうせため込んでるんだろ」
「うっ……そ、そんなにいっぱいはため込んでないわよ!」
「はいはい。手伝いの報酬はもらうぞー」
「ちょっ、まだ一言も手伝ってなんか言ってないんですけど!?」
「あっそ、じゃあ1人で頑張れ」
「うっ」
「どうする?」
「うう〜…」
部屋に山積みにしたままの宿題を思い出し、頭をかかえる未夢の二の句をニヤニヤと彷徨が待ち構える。
う〜っ、彷徨の鬼ー!!
「って、………手伝って、……ください」
「じゃ、報酬だな」
ニヤニヤした顔を出来ることならはり倒してやりたい。
む、むかつく。
ぶすくれたまま彷徨の後ろを歩いていると、不意に足を止めた彷徨がこちらを振り返る。
「な、なによ?」
「報酬、何くれる?」
「あっ、高いものとかムリだからね! この前買い物行ったからお金が……」
「それは知ってる。じゃなくて、報酬に何してくれるかって訊いてんだよ」
「何か……? あ、肩叩き券とか?」
「……お前、発想が幼児並だぞ。それ」
「失礼ね! 誰が幼児よ!」
「じゃあ報酬はキスな」
「…………………………は?」
彷徨の言葉を咀嚼するのにたっぷり時間をかけて、ようやく出た間の抜けた未夢の声に彷徨が吹き出す。
「ちょっ、彷徨! 何で笑うのよ!」
「いや、あんまり変な顔するから……くくっ」
「〜〜!!」
か、からかわれたー!!
「何でそう、いっつも意地悪なのよぉ!」
「そりゃ、お前が毎回おもしろい反応するからだろ。……くくっ」
「う〜っ!! からかわないで!」
「別にからかった覚えはないけど?」
「へ? ―――わっ!」
くいっと髪を引かれて身体が前に傾く。
耳元で彷徨が低く囁いた。
「さっきの、冗談じゃないからな」
ぱっと身体が離れて、荷物を持っていない方の手を握られる。
「ほら、さっさと帰って宿題やるぞ」
「―――っ彷徨のばか!!」
真っ赤になって怒鳴る未夢を、余裕綽々で彷徨は笑う。
掴まれている手を振り払ってやりたいのに、できない自分が情けないやら悔しいやら。
じわじわと汗ばむ手のひらは、夏の暑さのせいだ。
相変わらず涼しげな彷徨の後ろ姿を、未夢は複雑な気持ちで睨みつけた。
FIN.
かなみゆは痴話げんかがよく似合うね!!