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□名残り惜しさに名前を呼ぶ
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「トリック・オア・トリート!」
教室に入るなり両手を突き出した西村に迎えられて、夏目は目を数回瞬いた。
「何だよ。朝から賑やかだな」
「ハロウィンだよ、ハローウィーン! お菓子くれなきゃイタズラするぞ〜?」
そういうのは仮装をして言うものじゃないだろうかと思いながら、ポケットに入っていた小包装を西村に投げ渡す。
イベント好きの塔子が買ってきたカボチャのチョコレートだ。
「なんだ、つまらない奴だな。イタズラで教科書に落書きでもしてやろうかと思ったのに」
「もらっておいて随分な言い草だな。文句があるなら返せよ」
「もう俺がもらったんだから俺のものですー。北本んとこにも行ってくるかな」
言うなり教室を出て行く西村を見送って荷物を取り出していると、「夏目くん」と名前を呼ばれた。
声の方へ向くと扉のところに多軌が立っていて、夏目は椅子から立って駆け寄った。
「おはよう夏目くん」
「おはよう。どうしたんだ?」
「ふふ。あのね、お菓子作ってきたの」
楽しそうに笑う多軌に首を傾げるが、先ほどの西村とのやりとりを思い出して「ハロウィンか?」と訊ねる。
「そうなの。商店街とかハロウィンの飾り付けでとても可愛いでしょう? 見ていたら作ってみたくなって。だから夏目くんにもお裾分け」
「そうか、ありがとう」
「せっかくだから、ちゃんと言ってね」
「……言うのか?」
「もちろん」
笑顔で頷く多軌に逆らえず、一つ咳払いをして「トリック・オア・トリート」と声に出す。
満足したらしい多軌が手に持っていた紙袋から可愛らしいラッピングの小袋を差し出した。
「カボチャのパウンドケーキなの。味見はしたから不味くはないと思うんだけど。もう一つはニャンコ先生に」
「ありがとう。先生も喜ぶよ」
嬉しそうに笑う多軌に夏目も自然と顔がほころんだ。何故だか彼女が微笑むと気持ちが温かくなる。
ふと多軌が何か思いついたように、イタズラな笑みを浮かべて手を差し出す。
「え、」
「トリック・オア・トリート!」
「ええ?」
「だって私は夏目くんにお菓子あげたんだもの。夏目くんもくれるでしょ?」
「いや、さっき西村にやったからもうないんだ」
「じゃあイタズラ?」
ここで「はい」と頷くわけにもいかず戸惑っている夏目に「冗談よ」と多軌が可笑しそうに笑う。
「イタズラなんて思いつかないもの。今の冗談がイタズラってことでいいわ」
「それはどうも」
他にも田沼たちの分もあるらしく、多軌はまだ他の教室に行くという。
西村の分のパウンドケーキを夏目に預けた多軌が「じゃあね」と踵を返す。
「―――あの、タキ」
思わず呼び止めたのは、この会話が途切れることに名残惜しさを感じたからだと思う。
何?、と首を傾げる多軌にどういったものかと口ごもる。
つい呼び止めてしまったが、いざとなると少しばかり照れくさい。
こんなことだけに気持ちがこそばゆくなったのはいつからだろう。
「放課後、予定がなかったら寄り道しないか?」
「え?」
「七辻屋の饅頭でもおごるよ、パウンドケーキのお礼」
「でも悪いわよ、私なんかそれっぽっちしかあげてないのに」
ここで引き下がるなよ俺、と静かに唾を飲む。
「イタズラされるのはごめんだからな。それとも俺とは嫌か?」
「そんなことない!」
大きく首を横に振る多軌に、内心でホッと息をつく。
じゃあ放課後な、と約束をして多軌の後ろ姿を見送る。
―――頷いた多軌の笑顔が嬉しそうに見えたのは、気のせいでなければ良いなと思った。
FIN.
ハロウィンネタ。タキちゃんと夏目は健全すぎてやらしいことさせられない…。こんなに純な男そういねーよ。夏目がんばっ!