shortstory

□うらはら少女に愛言葉
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*時間軸\高校生1年生。遠恋中。




 桜も散って、初夏の香りを運ぶ5月。

 もちろん巧海の頭を占領するのは晶の誕生日のこと。

 せっかくの誕生日なのだから2人でどこかに出かけたい。

 デートのお誘いメールに晶はあっさりOKをくれた。

 部活の助っ人に引っ張りだこなうえに、美術部に入っている晶とは普段は都合が合わないことが珍しくない。

 だから今回も駄目もとの誘いだった。

 そうメールを送った巧海に晶の返事は簡潔だ。

 お前の言い出すことは検討がつく。

 液晶に写された文字に小さく吹き出した。

 照れて素っ気ない文面は、しかし可愛いいじらしさがにじみ出ている。

 真面目な晶が巧海のために部活を休んだのだ、晶には申し訳ないが顔が緩む。

 今すぐ会いたくて仕方なくなった夜更け。




 待ち合わせは晶がこちらまで出てくるということで、使い慣れた駅の改札口となった。

 休日はよく晶とこの駅から色んなところに行ったものだ、と大して時間が経ったわけでもないのに、遠い記憶を思い返すようだ。


「晶くん!」


 改札口の広告板にもたれかかる彼女を見つけると、気づいた晶が軽く手をあげた。


「ごめん、待った?」

「待ってねえよ。つか待ち合わせ時間より早いくらいだし」

「なら良かった。今日の服初めて見るね、可愛い」

「うるせえツッコむな! クラスの奴らが勝手に選んだんだよ!」


 薄手のクリーム色のニットに、小さなフリルが付いたピンクのキャミソール。

 紺色のキュロットスカートと黒のニーソがシルエットをすっきりとさせている。頭にはベージュのベレー帽。

 さすがに女の子の見立てなだけあって、晶の魅力が大いに発揮されている。


「いいじゃない、似合ってるよ。やっぱり女の子はコーディネートが上手いね」

「……お前と会うのバレて、その日の放課後着せ替え人形の如く服屋に連れ回されたんだよ。アイツらにそれ言ったら喜んでまた引っ張り回されちまう」


 はあ、と疲れたため息を吐く晶が可笑しくて笑うと、ギロリと睨まれた。

 どうやら余程堪えたらしい。


「休憩で入った喫茶店でもお前のこと訊かれまくって大変だったんだよ!」

「えー。それは喜んで答えてよ」

「な・に・を・だ! 冷やかされるに決まってるから黙秘権使ったっつの!」

「照れなくてもいいのに。それも可愛いけどさ」

「やかましい!」


 行くぞっ、と切符売り場に歩き出す晶に、大事なことを思い出して手を伸ばす。

 腕を掴んで引き寄せて、耳元で囁く。


「誕生日おめでとう、晶くん」


 勢い良く離れて、耳元をおさえる彼女の顔がみるみるうちに赤くなる。


「お、おま! いきなり何すんだ!」

「何もしてないよ。ただおめでとうって言っただけ」

「どこが“だけ”だバカ!」


 怒る晶の手を引いて指を絡める。

 びくりと反応したが、振りほどかれることなく握り返される。

 照れ隠しの罵倒は、久しぶりの再会を実感させるだけだった。


 休日なだけあって電車内はそこそこ混んでいた。

 適当な吊革に掴まって、窓の外で流れていく風景を眺める。

 今日の行き先はとくに決めていない、ぶらり旅のようなものだ。


 たまにやるのだが、これが意外にもハマってしまう。

 初めて降りる駅はそれだけで新鮮な気持ちになるし、外に出ても楽しみは尽きない。

 畑や川しかないような駅に降りたときは、山育ちの晶が楽しそうに植物や笹舟の作り方を教えてくれた。

 晶は一度道を通れば覚えられるらしく、初めての場所でも迷ったことは一度もない。


「今日はどこで降りよっか」

「んー。この線は大体制覇したからな、乗り換えるか」


 乗り換えの多い駅はどこだったかと路線図に目線を滑らせる。

 と、足に何かがコツンとぶつかった。


 視線を下にやると、足下に転がっているのは真っ赤な球体。


「……りんご?」


 拾ってみるが、やはり紛れもなくりんごである。


「何だ、それ」

「いや、僕に訊かれても。足下に転がってきただけだか」

「あーっ、チヨちゃんのりんご!」


 巧海の言葉を遮って飛び込んできたと思えば、遠慮なしのタックルが来た。


「ぅわっ! と、とと」

「何だいきっ……な、り?」


 咄嗟のことに怒鳴りかけた晶の声が、呆気にとられたように歯切れた。

 巧海の足にしがみついて、こちらを睨みつけながら見上げてくる―――小さな女の子。


 揺れる車内のせいか、巧海の足を掴んで離れない。


「えっと……?」

「チヨちゃんのとった! 返せわる者!」

「え!?」


 突飛に小さい口から飛び出した言葉に、わけもわからず狼狽える。

 すると隣で見ていた晶に肘でつつかれた。


「巧海、りんご」

「あ……ああ、そういうことか」


 手に持ったままだったりんごを、しゃがんで「チヨちゃん」に差し出す。


「このりんごは君の?」

「そうよ! 返して!」

「おい、」


 後ろで晶の動く気配がしたかと思えば、ひょいっとりんごが手から離れる。




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