shortstory
□それもまたキミ。
1ページ/3ページ
―――これは、不運としか言いようがない。
ポタポタと髪や服から滴る冷たい水、足下には水溜まりが出来上がりつつある。
つい先日雑巾バケツの水を被ったばかりだというのに―――水難でもあるのだろうか。
「あ、晶。すまん」
「……いえ、俺も反応が遅かったんで」
怒る気にもなれず水を多く吸ったシャツを絞ると、蛇口を捻ったように水が流れた。
元凶である命は申し訳なさそうに萎れている。
何故こんな事態になったかと言えば―――晶にもよくわからない。
授業が終わったあと、明日の部活で描く草花などのモデルを散策していたときだ。
なんの前触れもなく顔面から水を被った。
咄嗟に構えて目を開けると、水の流れ出るホースを片手に呆けている命が視界に入り、元凶はこれかと警戒心どころか怒気も失せて肩を落とすこととなった。
不幸中の幸いか、このあとは授業も部活もなく寮に戻るだけだ。
荷物は教室に置いたままだが、巧海に頼んで持って帰ってきてもらえばいいだろう。
さすがに水浸しの姿で教室に足を踏み入れては、あとの掃除が面倒だ。
―――そこまで考えて、視界に入った胸元を両腕で覆った。
ひやりと背中が寒くなり動揺と焦燥感から脈が早くなる。
濡れたせいで体型を隠している服が役立たずになっている―――つまり華奢なラインが露わになってしまっているのだ。
落ち着け、落ち着け。ここは人通りが多くない校舎裏だ、すぐに見つかる心配はない。
焦る気持ちを鎮めようと呼吸を繰り返し、この場から寮まで人の目をどう避けるかと頭を回転させる。
この姿を巧海の視界にいれるのは色々と問題な気もするが、緊急事態なのだからそうも言っていられない―――と、その刹那人の気配に構えた。
が、反射で隠れようとした晶の腕を命が掴む。
「なにを……っ」
「大丈夫だ」
命に笑みを向けられた直後、聞き慣れた声が耳に入った。
「命ー? 部屋戻るわ……よ?」
「舞衣!」
現れた巧海の姉である舞衣に晶は緊張を解いた。
命を呼びに来たであろう舞衣が歯切れになって命と晶を見比べる。
何かを察したように舞衣が額をおさえた。
「あー…、うん。とりあえず命が晶くんに水ぶっかけたのはわかったわ。その経緯はともかくとして、ちゃんと謝ったの?」
「む、当然だ!」
心外だと言いたげに眉をつりあげた命の横を通り過ぎて、ポケットからとりだしたハンカチで晶の水を拭う。
自然な動作に抵抗するタイミングを逃して、どうしたらいいかわからず身体が固まる。
「ごめんね晶くん。このままだとまた風邪ひいちゃうから、私の部屋行こう。服貸すから」
「あ、いえ。まだ教室にたむろってる奴多いから大丈夫だと思います。……あともう拭かなくても」
「だーめ。遠慮しなくていいから行くわよー」
「え、ちょ」
「晶が部屋に来るのか? いいじゃないか、行こう行こう!」
「―――人の話しを聞けーっ!」
結局、例によって晶の抵抗は虚しく女子寮へと連行されるしかなかった。
***
男子禁制の女子寮へ晶が入るのは難しいのでは、という危惧は意外にもあっさりと解決した。
どちらかと言えば女子寮までの道のりの方が気のいる時間で、寮に着いてしまえばあとは楽だ。
もちろん出入り口からは入れないので、舞衣に部屋の窓を開けてもらい無作法ながらそこを入り口とした。
その提案に舞衣は目を丸くしていたが、思うところがあったのかすぐに納得して先に寮へ入った。
身のこなしの軽さは幼い頃から叩きつけられているのだ、3階の窓から侵入することなどなんの問題もない。
むしろ今問題なのは―――、
「これなんか良いんじゃないか?」
「えー、これも可愛くない? なつきってば下着だけじゃなくてこんなのも持ってたんだ」
「なんだ、このフリフリ。晶が着るのか?」
舞衣の勧めでシャワーを借りていた晶が浴室から出ると、服や下着が床に散乱していた。
ちょっとした小物なんかもあって、紛れもなく女子が好んで身につけるアイテムだと一目でわかる。
そしてこれをつけようとしている相手は察したくもわかりたくないが、100%風呂から出た自分だろう。
逃げるなら今かと気配を消しかけたところで舞衣に気づかれた。
「あ、晶くん。ちょうど良かった、着替えどれがいい?」
満面の笑みを向けられ、晶は無意識にも顔をしかめた。
訊かなくても答えなど分かり切っているだろう。
「どれも着たくありません」
「まあそう言わずに。これなんか可愛いと思うんだけど」
「可愛さは要求しないのでシャツとズボンだけ貸してください!」
「残念ながらあなたが着ても不自然じゃない服はここにはありませーん」
「その服の方が不自然でしょうが!」
「思いっきり飾っちゃえば逆にバレないって。素材がいいんだから大丈夫よ」
.