shortstory
□勘違い
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日も落ち掛けたクリスマスイブの夕方、大きな叫び声が木霊した。
「ばかばかばかばかーっ!!」
「おいあかりっ」
「もう知らないっ! ヒカルなんてずっと碁だけやってればいいのよおおぉぉ!!」
ポロポロと涙をこぼしながら走り去る少女を追いかける金のメッシュが目立つ少年。
人目など気にする余裕もなく走る2人はまるで鬼ごっこでもしているかのようだ。
ただ鬼ごっこと違うのは、遊ぶことを楽しむ余裕などまるでない修羅場ということか。
人混みを器用にくぐり抜けて前を走るあかりを必死に人にぶつかりながら追いかけるヒカル。
事の発端はヒカルが引き受けた指導碁だった。
***
あかりとはひと月近くゆっくりと会えていない時期だった。
仕事がピーク時で中々1日の休みが無く思うように日が合わない。
クリスマスすら会えるかどうか怪しく、会えない事に苦しくなっていたヒカルに舞い込んだのは、1日の休暇と指導碁だった。
指導碁、といっても会場や団体ではなく、個人的に頼まれたものだ。
頼んできたのはよくお世話になっている先生で、孫娘がヒカルに指導碁をして欲しいとねだっているらしい。
そしてその翌日のクリスマスは丸一日の休みが入った。
昼頃から夕方までとのことで、そのあとあかりと予定が合えば、どこかホテルにでも一緒に泊まって次の日はゆっくりできるかもしれない。
頼まれたその日にあかりに電話で訊けば、電話越しでもわかるほど喜んでいた。
会いたい気持ちは同じ。
そのことが嬉しくて仕方なかった。
そして指導碁の当日、都内にある先生の自宅へお邪魔すると、先生と中学三年生だという孫娘が出迎えた。
「孫の雪菜です、わざわざ来てくださってありがとうございます。すごい楽しみにしてたんですよ」
茶髪のショートカットに赤のカチューシャを付けた小柄な容姿は年相応といった感じだ。
言葉遣いが少々大人びているのは性格なのか躾られたのか。
「そう言ってもらえると嬉しいんですけど。あんまり教えるの上手い方じゃないんで、期待しすぎないでくれると有り難いかな」
「はは、そう謙遜するな進藤くん。もう大分指導碁も慣れただろう」
「そうですよ、いつもお祖父ちゃんからお話聞いてます。あの塔矢アキラさんとライバルなんでしょう?」
にこりと笑顔で訊ねてきた雪菜に苦笑混じりに答える。
「ライバルと指導のスキルはまた別ですから。俺は熱くなりすぎるとこあるってあかりにも……」
ハッとして口を止めるが相手には聞こえたようだ。
一瞬真顔になった雪菜だったが、それすら無かったかのようにすぐに笑顔に戻る。
「あかりさん、って彼女さんですか?」
「あ、うん。はい」
「ほぉ、進藤くんも年頃だな。今度紹介しなさい」
「私も会ってみたいな、あかりさん」
興味津々な2人に曖昧に笑ってごまかしながら家にあがった。
指導碁はリビングで、とのことでスリッパを引っ掛けリビングへ向かう。
広い一軒家は新築で、まだ新しい匂いがする。
リビングには長めのソファが2つL字型に置かれており、そこから見やすい位置に液晶の大画面テレビがあった。
インテリアなども綺麗で、あかりが見たら羨ましがるだろうな、と思い笑みがこぼれた。
「まずは三子でお願いして良いですか?」
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