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□軽快に運行ちゅう!
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*時間軸\中学2年生。幼なじみ。
ぐっと右足を踏み込んでペダルを蹴る。
風を切って前進するスピードに、あかりは空をちらりと見上げた。
まさに快晴。
なびく髪がきらきらと陽向に光る。
背を押す追い風のおかげでペダルが軽い。
葉桜が舞う道と、透き通る緑の葉は目に優しく穏やかだ。
向かう先はスーパーなのが勿体ない。
おつかいを頼まれたときは家を出るのが億劫だったが、今日は出なければ損な気候だ。
軽快に自転車を走らせていると、後ろからかかった声に止められる。
聞き慣れた声に辺りを見回せば、こちらに向かって走るヒカルが視界に入った。
「ヒカル」
「よかった、やっぱりあかりだった」
ビンゴ、と指を鳴らしたヒカルに首を傾げる。
リュックを下げているところを見ると棋院にでも行くのだろうか―――と思った刹那に自転車の後ろが重くなった。
「ちょっ、何で乗るのよ!」
「駅まで頼む、研究会遅れそうなんだよ」
呑気に「早くこげよ」と言われカチンと頭にきた。
一体何様だ。
「だったらヒカルがこぎなさいよ。女の子にこんな重労働させる気?」
「えー、やだよ。大して距離ねえんだし平気だろ」
「だったら降りて! 遅刻でも何でも勝手にしなさいよ!」
「んだよケチ」
舌打ちして降りたヒカルに「代われ」とふてぶてしい態度で言われ、あかりは「まったく、」と息を吐いて後ろに座った。
ギシ、と軽く軋んだ音を合図にヒカルが力を入れて、あかりも助走をつけて足を離す。
「ちゃんと掴まってろよ!」
叫ぶ声に、目の前にある背に両腕を回した。
そうして再び走り出した自転車はさっきのように軽快に走り出し―――は、しなかった。
視界に映る風景が先ほどから有り得ない速さで変わっていく。
風も穏やかさをかなぐり捨てたかのように髪を崩される。
あかりがこいでいた時には出るはずのないスピードで前進する自転車に、顔を蒼白にして幼なじみの背にしがみついた。
―――は、速い!!
「ひ、ヒカル! 怖い速すぎ! スピード緩めてよーっ!」
「ああ!? 別に大丈夫だよ、心配すんな!」
だからこっちが大丈夫じゃないんだってば!
相変わらずの自己中っぷりにあかりは絶望した。
「―――よしっ、こんなら間に合うだろ!」
「それは良かったわね……」
おつかいでは感じるはずのない疲労感に肩で息をしながらヒカルをねめつける。
危うく心臓が止まるところだった。
「んじゃ、サンキューな」
「はいはい。ガンバってね」
怒りを通り越して呆れながら見送ると、改札に向かっていたヒカルがこちらに振り返った。
何かと首を傾げると、にっと口角を上げた。
「お前も碁、頑張れよ!」
改札を抜けて走り去る背を見つめて、少しだけ熱くなる頬に触れた。
―――動悸で熱くなっただけだと内心で言い誤魔化して。
絶好調の幼なじみに挑むように「ばか」と呟く。
「言われなくても、頑張るわよーだ」
サドルに跨って、目一杯ペダルをこぎ出す。
ガンバって、頑張れよ。
ただそれだけのやりとりに心が弾むように踊る。
スーパーへ向かう自転車の上、風がさっきよりも心地よく感じた。
FIN.
自己中だけど、それでも好きとか思っちゃうみたいな。
恋はビョーキなのだよ。