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□背伸び
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*時間軸\中学3年生の後半あたり。
むう、と眉根を寄せる。
最近、ものすごく気に食わない。
「あの、晶くん?」
「何だよ」
「何だよって……なんで睨んでるの?」
苦笑しながらフライパンに乗ったハンバーグをひっくり返す。
鼻腔をくすぐる匂いは、空腹を誘う良い香りだ。
「別に」
「別にって顔じゃないと思うけど。はい、ソース味見して」
ソースを掬ったスプーンに、ぱくりと食いつく。
醤油ベースのさっぱりした味に舌鼓を打つ。生姜がまた良い。
どうやら今日は和風ハンバーグのようだ。
「美味い」
「良かった。あとちょっとで出来るから」
「ん」
椅子の背もたれに腕を組んで、仕上げに取り掛かる後ろ姿を見つめる。
せっかく緩んだ眉根が、またむうっと寄った。
……俺よりデカくなりやがって。
恨みがましく背中を睨みつけていれば、視線に気づいた巧海が振り返る。
「わっ、また皺よってる。僕なにかした?」
「してねえ」
「……やっぱり昼間滝君に言われたこと気にしてる?」
コンロの火を止めてこちらに近づいてくる。
その通りなので、晶はバツ悪く横を向いた。
今日の昼休み、並んだ晶と巧海を見た滝が、さらりと地雷を踏んだのである。
『尾久崎、お前鴇羽にまで抜かされたなぁ』
ビキッと晶の空気が凍りついたことを、すぐ隣にいた巧海にははっきりとわかったことだろう。
ケラケラと笑う滝に、問答無用でヘッドロックを見舞ってやったのは言うまでもない。
そして、ぐっさりと刺されたコンプレックスがじくじくと痛んで、今に至るというわけだ。
「別に気にすることないと思うよ?」
「変に慰めんな」
「じゃあ機嫌直してくれる?」
「……」
「ほら直らない。そんなんじゃご飯美味しく食べられないでしょ?」
笑顔で首を傾ぐ巧海を、むっすりと上目でねめつける。
女としてなら小柄なことを気にしなくても良いのかもしれない。
たが男であることに執着していた晶にとっては、周囲に差を付けられることが悔しくてたまらないのだ。
今までなら努力でなんとかなった。
なのに努力ではどうにもならない壁にぶち当たってしまった。
あまりに急で、気持ちが追いついてくれない。
「晶くん?」
椅子から降りて、巧海の前に立つ。
目線は以前よりずっと遠く、見上げなければ視線が交わらない。
巧海がすごく伸びた、というわけではないのだ。
むしろ平均より少し下。
つまりは晶が伸びていないため、差が開く一方なだけだ。
爪先で立って、背伸びをしてみる。
それでも巧海の目線は、少し上にある。
キョトンとした目が、何故か狼狽えるように泳ぎだした。
「あ? どうした巧海?」
「どうしたって……、自覚ナシって一番困るよね……」
はあ、と赤みのかかった顔を片手で覆う。
何かしただろうか、と背伸びをしたまま傾げる。
「……晶くんは僕が大きくなったの嫌だろうけどさ、」
「別に嫌じゃねえよ。そんだけ元気ってことなんだから嬉しいぜ、悔しいけど」
「そう? まあ、そういう意味でも嬉しいけど。―――僕は、晶くんより伸びて良かったって今一番思った」
なんで、と訊く前に口を塞がれた。
数秒触れて離れる。
「上から見る晶くんも可愛いってわかったからね」
「なっ……!」
ぼわっと顔が熱くなるのがわかったが、未だに熱を抑える術がわからない。
あげていたかかとを下ろして仰け反れば、可笑しそうに巧海が笑う。
………すげえムカつく。
やられてばかりは気に食わない。
まだ笑っている巧海の襟を掴み、また爪先で立って顔を近づける。
ちゅ。
触れたことを確認して離れると、驚いて目を丸くさせる巧海にニヤリと口角を上げる。
「……今のは反則」
「お前がいつもやってんだから、反則もクソもねえよ」
悔しそうに赤い顔を隠す巧海に、少し満足できた夕飯前だった。
FIN.
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