shortstory
□長い髪
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巧海がまだ手術を受ける前の、アメリカへ向かう途中の船内でのことである。
「晶くんって髪長いよね」
「あ? ああ、それがどうかしたか」
荷物を整理している晶に巧海が話しかけ、晶は返事をしながらベッドに散乱している服を鞄にまとめる。
「そうえば僕晶くんが髪下ろしてるところ見たことないなぁと思って」
目の前で背中に揺れる長い髪を見てふと思ったことだった。
考えてみたら晶は人前で髪を解かない。同じ部屋で寝起きを共にしていても、晶はいつも後ろ一つに束ねたままだ。
「邪魔くさいからすぐに結っちまうんだよ、でもなんか切るに切れねえっていうか」
「なんで?」
巧海の問いに晶は手を止めて巧海に振り返った。
「なんでって?」
「だって邪魔なら切るでしょ、普通」
というか晶なら迷わずバッサリ切るか、今ほど伸びる前に切ってしまう方がしっくりくる。
晶はなるほど、と言うように頷いて首を捻った。
「……なんでだろうな」
「晶くーん、答えになってないよー」
「いやマジで考えたことねえんだよ。ちょっと待て、考えるから」
「いやそんなに真剣にならなくても……」
巧海の言葉はもう晶の耳には届いていない。
晶は荷物が収まったカバンを下ろし、どかりとベッドの上で胡座をかいた。
……完全に長考に入ってしまった。
巧海は苦笑して晶から借りた本を読み始めた。
***
「たぶん……だけど」
「へ?」
船内が消灯時間を回った夜更け、寝ようと互いに別々のベッドに潜り込んでから数分後のことだった。
独り言のような晶の呟きに巧海は体を起こした。
離れた隣のベッドにいる晶は暗がりで見えにくいが、横たわったままのようだ。
「ほら、髪の話し」
「まだ考えてたの」
おう、と晶が頷いた気配がわかる。
夜の暗い静寂は小さな声でもよく聞こえた。
「女の部分、残しときたかった……のかな。女って髪長い奴多いだろ?」
「う……ん、そうかも?」
巧海の姉である舞衣はショートカットだが、晶のイメージでは女性イコール髪が長い、というのがあるらしい。
確かに髪が長いのを見て自然に思うのは女性が多い。
もちろん髪の長い男性もいるが、比較的女性の方が印象は強い。
「主張できんのがこれくらいなんだよな、多分」
「女の子でいたかったの?」
いや、と晶は否定した。
「そう言葉としては思ってなかった。てかだからこんな考えたんだろ」
「そっか」
「男のフリだってずっと前からだったし、逆に女っていう弱い立場になるのがすごく嫌だった」
「僕なんか会ってすぐの頃から軟弱って怒られてたもんなぁ」
「女々しい奴嫌いだったからな」
「……地味に傷つくよそれ」
晶は小さく笑った。
「でも羨ましかった。料理とかそういうの、女っぽいことしたかったんだよ。でもそう思うことすらだめな気がしてさ、だから片意地張ってたんだ」
「作ろうよ、帰ったらさ。一緒に」
「おう」
巧海は自然に口から約束が言葉になって出た。
今まで約束などは容易にできなかった。
いつ無くなるかわからない己の命。
守れるかわからない約束をすることに躊躇わずにはいられなかった。
だけど、今は違う。
生きる誓いが欲しい。
決意を揺るがさない、守るべき何かを。
「おやすみ」
「おやすみ、晶くん」
ピピピ...ピピピ...
セットしておいた目覚ましの電子音が部屋に鳴り響いた。
「ん……、朝か」
「おはよ、晶くん」
「おー、早いな」
晶はまだ眠い体を起こして目をこすった。
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