shortstory

□My Girl
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 その日巧海は晶を探していた。

 今日は美術部が休みだと晶から聞いて、一緒に帰ろうと決めていた。

 あわよくばどこかで買い物かお茶でもできればという期待をこめて。

 だが放課後の教室に晶の姿はなく、クラスメートに尋ねれば女子生徒が晶を呼び出したらしい。

 ―――またいつもの告白か。

 相手は女子だ。不安感はないが、それでも良い気はしない。

 晶は女の子なのだから。

 秘密の忍者、男の子、女の子、媛。

 晶の抱えるものは巧海には計り知れない。

 それでも、だから

「早く見つけよう」



***



「好きです! 付き合ってくれませんか?」

 放課後の美術部の部室。

 いつもなら部員が芸術に身を捧げている場だが、生憎と今日は休みで誰もいない。

 晶の前で顔を赤く染めている少女は同じ美術部員だ。

 可愛い子だと思う。だけど、

「ごめん、無理だ」

「……す、好きな人いるんですか?」

「それは言わなきゃいけないことか?」

 目を据えて言えばびくりと肩をすくめて謝る。

「ごめんなさい……、関係ないですよね」

「うん、悪いな」

「……また明日部活、で。さようなら」

「ああ、また明日」

 少女は今にも泣きそうな顔をして部室を駆け出した。

「―――はあ」

 重い。

 罪悪感が湧き出て崩れるように晶は椅子に掛けた。

 偽った容姿、性別、もっと奥深い所で自分はあの子を裏切っている。

 告白なんて数え切れない程されている。

 だが決して受け入れることのない想い。

 当たり前だ、尾久崎晶は女なのだから。

 戦媛の定めを己の運命とされ、女であることを隠すことで身を守っていた。

 だが媛の戦いは終わった。

 戦いの元凶であった媛星と黒曜の君は消え、12人の媛もそれに関わった者たちも今では平穏な生活を送っている。

 つまり晶は"女"に戻ることを許されているのだ。

 性を偽らず、本当の自分に帰っていいのだ。

 こんな妙な罪悪感を伴うことも、正体を隠すことに疲れることも、もうしなくていい。

 ―――だけど、

「俺も大概バカだよな……」

「そう?」

 うわっと反射的に短く声をあげて椅子から飛び退く。

「巧海! おまっ、いつからそこに……っ」

「女の子が泣きながら出て行くとこあたり?」

 ちっ、と晶は軽く舌打ちした。

 いるなら早く出て来いという不満と、あんな風に沈んだ自分を見られた恥から出たものだ。

 人の気配を読むのは晶の十八番、というよりも体に植え付けられた感覚の一つだ。

 だが巧海の気配に自分は酷く鈍い、正確には鈍くなった。

 それ程までに自分は巧海に気を許し信頼している。

 それがまた面白くなくて晶はふてた。

「モテモテだね、晶くん」

「ああ?」

「ホント、そこらの男の子よりカッコいいんだもんなぁ」

「おい、お前何言って」

「女の子なんか夢中になってキャーキャー騒いじゃって」

「巧海?」

 なんだ、やけに棘のある言い方だ。

 晶が怪訝に眉を寄せていることに巧海は気づいてる。

 それでも中身の無い空っぽの笑みを貼り付けて言い募る。

「カッコいいって、好きだって、君に言うんだよね。それで君は断るんだ、当たり前だよね」

「……何が言いたいんだよ」

「晶くんが傷つくこと無いってこと」

 ふと巧海の表情が真剣になった。

「女の子だよ、君は。どんなに格好良くても晶くんは変わらず晶くんなんだよ」

 だから、

「君が君を傷つけることは無いんだ」

「……しゃあねぇだろ、嘘ついてんだから」


 ―――例えば、

 嘘をついて誰かを傷つけ裏切ったとして、果たして傷つくのは片方だけなのだろうか。

 嘘をついた側も傷ついていると言ったらそれはずるいだろうか。

 ―――傷ついている自分は、ずるいのだろうか。

「晶くんは悪くないんだよ。誰も悪くない」

「それでも俺は悪いと思ってる」

 巧海は苦笑して、珍しく弱音を吐く目の前の女の子を抱き寄せた。

 晶もそのまま身をまかせて逃げようとはしない。

「悪いんだよ、俺がそう思う限りは。それでも―――まだ隠したいんだ」

「……ごめん、僕今すごく嬉しい」

 晶が男のフリを続ける理由。
 そんなものは一つだ。

「嬉しくないって言われる方がキツい。……周りの奴ら騙してたって俺はまだお前といたいんだ」

「うん……、ありがとう」

 媛の運命も無くなった今、晶が男のフリを続ける意味はない。

 だが女だと正体を明かせば、いまのままの状態で風化学園にいることはできなくなる。

 もちろん、晶自身が女子生徒として風化学園に通うことを望めば、それは叶えてもらえるだろう。

だが、正直いままで偽ってきた自分を綺麗さっぱり清算して女子生徒としてここに通うことは、今はまだ考えられない。

―――男として関わってきた友人たちも、少なからずいるのだ。彼らに受け入れてもらえる自信は、情けないがあまりない。

たぶん、いまの自分では―――正体をバラせば風化学園にいることはできないだろう。

 すなわち、巧海と離れなければならなくなる。

「こんな我が儘、中学までだ。いまさら正体バラすのもタイミング微妙だし。中学いっぱいはできるとこまで誤魔化す。この間言った通り、高校は別のとこにすると父上と相談して決めちまったんだ。―――だから、今はこのままお前といたい」

「……ホント、それ爆弾だよ晶くん」

 はあ、と辛そうに巧海が息を吐いた。

 怪訝に腕の中から顔を窺うと、小さくキスされた。

 思わず退こうとしたら腰を掴まれ逃げるな、と暗に言われた。

 腕力などは晶の方が断然上だから、抜け出そうと思えばそれは容易い。

 だが晶はしない。

 今もやはり真っ赤に睨みつけながらも力ずく、はしない。

「晶くん、僕も理性保の辛いんだからあんまり可愛いこと言わないで」



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