shortstory

□詮無くも、偶然に問う
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 変化を与えたのは紛れもない、佐為というひとりの人間だったのだと、形でなくても良いから思いたかった。


 触れるだけでいい。

 見るだけでいい。

 感じるだけでいい。


 あかりにも、この場所を覚えていて欲しかった。



「ねえ、ヒカル」

「なんだ?」



 拭き終わったあかりが布を畳んで、ヒカルに微笑んだ。



「また、一緒に来ようね」



 灯る。

 小さく、温かく、心地よく、明かりが灯る。

 胸が締め付けられて、鼻の奥がツンと痛んだ。



「……ああ」



 かすれた無音の声が、鼓膜に響く。ああ、なんて弱い。

 もたれるようにあかりの肩に顔を埋めた。

 あかりは驚いたように名前を呼んだが、ヒカルはぎゅっとあかりの左手を握った。



「わり……、ちょっと肩貸して」

「……いいよ」



 背中に腕が回されて、子をあやすようにさすられる。

 静かに、静かに、ヒカルは涙を流す。

 声をかみ殺し、嗚咽に肩が揺れる。


 ―――なんで、俺だったのかな。


 詮無く、無意味に幾度となく思う。

 何故自分だったのか。

 こんな苦しさを受ける意味がわからない、わかりたくない。

 失う痛さも、不甲斐なさも、悔しさも、何故自分だったのか。


 会えて良かったと思う反面、佐為はどうだったのかと疑問に思う。

 取り憑く相手がヒカルでなければ、もっと長い間碁を打っていられたのではないか。


 ヒカルが自分が打つことを選んでしまったから。

 佐為ではなく、自分で考えて打ちたいと望んでしまったから。

 ヒカルは気づいてしまったから、囲碁のどうしようもない面白さに。

 だからあんなにも才能を持ち、囲碁に愛された佐為は囲碁を打つことが出来なかった。


 衝動に逆らわず、そのまま受け入れてのまれてしまわなければ、佐為という囲碁の才能は今の世にも知れ渡ったはずだ。


 ごめん、ごめんな佐為。

 打たせてやれなくてごめん。

 俺が囲碁を好きになっちゃったから、打ちたくてたまらなくなっちゃったから、お前が満足出来るくらい打たせてやれなかったな。


 ごめん、ごめん。でも、だから、俺は打ち続けるよ。

 お前と、神の一手を極めたいから。



「……ヒカル、そろそろ戻らなきゃ。おじいちゃんに怒られちゃうよ」

「んー…。もうちょい」



 涙が落ち着いたヒカルを確認したあかりが時間を見て背中を叩くが、ヒカルは起きることなく、むしろ華奢な肩にのしかかった。

 わわっ、と慌てたあかりが尻餅をついて息を吐いた。



「ヒカルの甘えんぼ」

「嫌じゃないくせに」

「肩をかりてる奴が何言ってるのよ、バカ」



 本当に自分はあかりに甘えてばかりだ。

 依存して溺れて、責めずに追及もしない彼女の優しさに甘えている。




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