shortstory

□詮無くも、偶然に問う
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 首を傾げるあかりが後ろについて来るのを確認して、台所にいる祖母に声をかける。

 はいはい、とボロ布を濡らして手渡してくれる。

 用件を言わずとも祖母がわかるほど、来る度に同じことを繰り返しているだと思えば少しだけ滑稽にも思えた。


 玄関で祖父のサンダルを引っ掛けて蔵へ向かい、暗く埃の舞う中へ入る。



「ヒカル?」

「こっち来て、暗いから気をつけろよ」



 手を差し出すと、あかりはそっと手を伸ばす。

 触れることのできる肌が、少しだけ胸に痛い。



「これ、覚えてるか?」



 碁盤の前にしゃがんであかりに振り向くと、小さくあかりが頷く。

 古びた碁盤に血の痕は、もう見えない。



「……あの時は本当にびっくりしたなぁ。ヒカルったらいきなり倒れちゃうんだもん」

「はは、俺もビビった」



 何か売れる物がないかと蔵を漁っていたなか、突然着物を着た長髪の男が現れたのだ。

 あの時の衝撃と非現実な現実は、今でも忘れられない。


 いつもするように、盤面に布を丁寧に滑らせる。

 まるで何かの儀式か為来りのように。



「……ヒカル、」

「ん?」



 意を決したような真剣な声に振り向くと、あかりが隣にしゃがんだ。



「私も、拭いていい?」

「……ああ」



 頷いて布をあかりに渡すと、それを受けとってあかりも優しく碁盤に触れた。


 あかりは聞かない。

 この碁盤にどんな思い入れがあるのか。

 何故自分を連れてきたのか。


 いつものように身勝手に黙ってここへ連れてきたヒカルを咎めることなく、意味の知らない行為をする。

 あかりには意味のない行為、けれどヒカルには意味のある行為。

 あかりはその繋がりだけで、わからないだらけの今この時を許容してくれている。


 あかりは何も知らない。

 佐為のことも何も。


 それでもあかりはヒカルと同じように、佐為がいたから囲碁を始めた。

 例えそれが間接的なものでも、やはり佐為がいなければ知ることのなかった世界。

 その存在が、今いるヒカルとあかりの存在で確かなものになるのだ。


 ここから始まったから、その場にいた当事者だから、佐為という脆く曖昧な存在が確かにあったから、今の2人がいるのだと。




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