shortstory
□幸せを君の隣で
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「好きです」
まだ生まれたてのこの感情は、酷く曖昧で小さいけれど。
「病弱で生きることに疲れていた僕を、叱り飛ばしてくれた彼女が―――僕を一番好きになってくれた晶くんが、とても好きです」
笑みは意図することもなく浮かんだ。
作り物でも偽物でもない、自信と愛しさがそうさせた笑顔だった。
晶の父は何を言うこともなく、そっと頭を下げてその場を去っていった。
下げられた頭の意味は巧海には量りかねるが、とても大切な意味があるように思えた。
大して間も置かず「失礼致します」と声が降る。
「晶様から云い使って参りました者です。巧海様、布団をご用意致しますのでどうぞごゆっくりください」
音もなく現れたのは、またも黒装束を身にまとった忍びの男だが、さっきの見張り番とは違い髪の毛が一本もない若い男だ。
布団を用意してくれようとする男に、巧海は慌てて声をかけた。
「あの、それよりも外に出ていいですか? 晶くんのこと、見送りたいんです」
「では何か羽織るものを用意しましょう。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
―――そして少女たちが戦場へ赴き、
永く永く続いた祀りはその日終止符が打たれ、
運命の呪いに縛られ続けていた媛君たちは、ようやく解放された。
***
すっかり日が明けた頃に帰ってきた晶は、多くの忍びたちに出迎えられていた。
巧海は別室で寝床を用意してもらっていたが、呑気に眠れるわけもない。
障子から漏れる朝日を眺めていると、人影がひとつ浮かんだ。
ふ、と口元が緩む。
晶くん、と名前を呼ぶと「起きてたのか」と眉を寄せた晶が足を踏み入れて静かに障子を閉める。
中等部の学ランを着たままの晶が、巧海の座る布団の横で胡座をかいた。
「寝てないのか?」
「さすがにあんなことがあったのに眠れるほど無神経じゃないよ」
そうか、と陰りのある表情で俯いた晶の頬にそっと右手を伸ばす。
ビクッと肩を揺らした晶が、伏せていた睫毛を上げた。
「お疲れさま、晶くん。―――ただいま」
見開かれた晶の瞳から、ひと粒涙がポロリと滑り落ちた。
くしゃりと顔を歪めた晶の眼から、ボロボロと涙腺が壊れたかのように涙が溢れる。
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