shortstory

□うらはら少女に愛言葉
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「この兄ちゃんはりんごを盗ったんじゃなくて拾ったんだ。返して欲しいならちゃんと言い方があるだろ」

「お姉ちゃん、女の子なのにしゃべり方変なの。男の子みたい」

「……りんご没収」


 変呼ばわりが勘に障ったのか、「チヨちゃん」から遠ざけるようにりんごを持つ手を背に回す。

 形勢的に部が悪いと察したらしい「チヨちゃん」が慌てて晶の足にしがみついた。


「ヤダヤダ! ごめんなさい! りんご拾ってくれてありがとう、返してください!!」

「ん。ほら巧海」


 返してやれ、と言うように差し出されたりんごを受け取る。


「どう致しまして。次はりんご落とさないようにね」


 そう言った瞬間、引ったくるように奪い取られる。

 「チヨちゃん」がギッと睨みつける相手は、完全に敵と見なしたらしい晶だ。


「おっきいのにイジワルだ! ばーかっ!」


 言い逃げて隣の車両へ駆け込んで―――ぶつかった。

 ふくよかな体型の老人は、白髪が目立ち始めの女性だ。


「何を騒いでいるの千代子。りんごは見つかった?」

「いたいじゃない、おばあちゃん!」

「あらあら。ごめんねぇ、でも飛び出して来たのは千代子よ?」

「知らないもん! チヨちゃん悪くないもん!」


 やれやれ、と呆れたようにため息を吐いた祖母らしき老人がこちらに姿勢を正した。


「ごめんなさいねぇ、千代子が何かご迷惑を……」

「いえ、大丈夫ですよ」


 腰を低くしてこちらを窺う祖母は大人しそうというよりも弱そうだ。

 実際千代子に負けている。




「おばあちゃん、そんな人達にあやまんなくて良いよ!」

「千代子っ。ごめんなさいねぇ、ワガママな子で。この子、両親が共働きなものだから捻くれてしまって……」


 言い訳口調で取り繕う老人に思わず苦笑で返す。

 捻くれた理由はそれもあるだろうが、ワガママなのは祖母の甘やかしもありそうだ。

 一応怒っているつもりだろうが、あんな弱腰の叱り方では自分が弱いことを教えているようなものだ。

 あれでは余計に千代子がつけあがるだけだろう。

 晶も同じ意見なのか、巧海の後ろでため息をこぼしている―――と、何かに気づいたように前へ出た。


「あの、降りる駅は?」

「え? あ、ええ。三つほど先の……」

「持ちます」


 手を伸ばして、祖母の持つビニール袋を取る。

 袋にはりんごが詰め込まれていて、見た目からして老人が持つには辛いであろう重量だ。

 ごめんなさいねぇ、と申し訳なさそうに謝る祖母に、晶は「大丈夫」だと言うように一瞬だけ微笑んだ。

 すぐに気づかなかったことに情けなくなり、心の中で猛省。

 落ちる気持ちをぐっと堪えて晶が持つ袋を手に取る。


「巧海?」

「持つよ、気づかなくてごめん」

「いい、別に。調子こいて無理すんじゃねえよ」


 顔をしかめてりんごの詰まった袋を遠ざける。

 女扱いされることに悔しさのようなものを感じていることは巧海も気づいてはいるし、露骨な態度も取らない―――が。


「端から見たら彼女に重いもの持たせてる彼氏だから。僕の面子を守ってくれると助かるんだけど」


 気持ち晶の耳に唇を近づけてお願いすれば、黙った晶が袋の持ち手片方を突き出した。

 2人で持つなら許す、と言うことらしい。

 拗ねた顔は照れくささの裏返し。

 女扱いにはふてても彼女扱いには照れる。

 晶は気づいていない巧海だけの秘密だ。




***




 祖母と孫が降りると言った三つ先の駅は、着いてみれば見覚えのある場所だった。

 前に一度だけ晶と降りた、畑や川しかないような正に田舎を絵に描いたような駅。

 ここまできたら家までりんごを届けても大した手間ではない。

 意見が一致した巧海と晶は祖母と千代子に付き合って駅を出た。


 すう、と軽く肺に酸素を送り込む。

 気持ち良い。


「お二人は恋人なのかしら?」


 そよぐ風に髪をなぶられながら歩く河川敷の道すがら、祖母がそう問いかけた。

 もちろんこれに答えたのは巧海で、晶はむず痒そうにそっぽを向いた


「仲良しなのねぇ。こんな何にもない駅に降りてつまらないでしょう」


 申し訳なく眉を下げる祖母に晶が首を横に振った。


「俺の実家山奥なんです。緑の多いところは好きだしここにもまた来たいと思ってたんで」

「また?」

「僕たち前にもここに来たことあるんですよ。目的もなくぶらり旅みたいに」

「あらあら、それは素敵ねぇ。良かったら私が育てたお野菜持っていく?」


 ああでも重いわよねぇ、と気づいたように打ち消されかけて今度は巧海が首を振る。


「いえ嬉しいです。僕料理が趣味だから楽しみです」


 ありがとうねぇ、と老人が嬉しそうに微笑んだ。


「恋人なんてすぐにわかれるもん」


 後ろから聞こえよがしに上がった言葉に祖母が鋭い声で「千代子!」と声を上げる。



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