shortstory

□それもまたキミ。
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 舞衣は褒め言葉のつもりだろうが、晶には追い込まれている気がしてならない。

 最終的な選択肢のなかに無難な服装は入っていない気がする。


「そう頑なになるな尾久崎。着たら存外悪いものでもないだろう」

「なつきさん、断言します。絶対に似合いません」


 服を当ててくるなつきに大仰に顔をしかめれば、見ていた舞衣が苦笑して引き出しを開けた。


「それならこれでどう?」


 綺麗に畳まれた服を持ってきた舞衣に眉を寄せた。

 舞衣の持つ服は、紺の襟に白い生地―――命が着ていた中等部の制服だ。



「……これを俺にどうしろと」

「もちろん着るのよ」



 有無を言わせない笑顔の迫力にひくりと頬が引きつった。



***



 着慣れないスカートとセーラータイプの半袖に腕を通した晶は、げんなりとした溜め息と共に洗面所を出る。

 ご丁寧に靴下まで用意されていた。


 ドアを開けると、こちらに視線を向けたなつきが目を瞠ったのがわかる。



「……驚いたな、似合うじゃないか」

「うん、似合う似合う。サイズはどう? 緩くない?」


 呑気に感心するなつきと舞衣の言葉に握りしめる手をワナワナと震わせ、キッと睨みつけた。


「似合ってない!」

「はい、あとこれもね」


 睨みに怯むことなく近づいた舞衣に何か肩にかけられ、見れば肩掛けの学生カバンだ。


「……これは一体」

「オプション」

「ふざけないでください!」

「どうして晶は怒っている。高等部の制服が良かったのか?」

「違います!」



 見当違いな命の発言に噛みつくように否定すると、何が可笑しいのか舞衣がケラケラと笑う。

 まあでも、と繋げた。



「これ着るよりマシでしょ?」


 床から舞衣が手にしたフリルのついたワンピースを見て言葉に詰まる。


 たしかにマシと言えばマシだ。


 とはいえこの姿は不本意極まりない。

 カバンだけでもとろうと手をかける、が。



「だめよ」

「……何で」

「いやー、なんか楽しくなってきちゃったのよねぇ。やっぱりあれも着てみない?」


 舞衣の指差す方を見るまでもなかった。

 背筋の悪寒を合図のように足を踏み込み、目の前にいる舞衣の横を俊足に抜ける。


 窓に手をかけ勢いのまま横に引いて、新聞の上に置いていた靴に指を引っ掛けて飛び降りる。



「あ!」



 上から聞こえた声には一瞥もくれず、着地した瞬間に走り出した。

 巧海に着せ替え人形にされるのにもうんざりしているというのに―――あの人たちに捕まったら疲労困憊で体力値がなくなっちまう!


 晶は生徒の目も忘れて猛スピードのまま門の外に飛び出した。



***



「え。晶くんが逃走した?」


 教室を出たきり戻ってこない晶を探していた巧海の携帯に舞衣から着信があった。

 姉の口から出た逃走という不穏な単語に眉を寄せる。


「お姉ちゃん晶くんに何したの」

『いやあ、ね。あはは。命が晶くんに水かけちゃって、着替え貸そうと部屋に来てもらったんだけど』


 ふざけすぎちゃった、と笑ってごまかす姉に聞こえよがしのため息を吐いた。


『それでね、今晶くんが着てる服女物なのよ。早く見つけた方が良いかも』

「えっ。なんでまた……まあわかった。晶くん学園内にいる?」

『命が門の外に出たって言うのよ。さしもの命も出遅れちゃ晶くんには追いつけなくて。しかも常人には有り得ないスピードだったし』


 そんなにあの服いやだったのかなぁ、とぼやく姉になんとなく経緯を掴む。

 着替えに晶の嫌がりそうなものをチョイスして悪乗りした、というところだろう。


「とにかく探してみるよ。学園よりは今の時間なら外の方が生徒の目は少ないだろうし、晶くんもそう遠くへはいかないと思うから」

『悪いわね、よろしく。私たちも探すから』



 一応晶が携帯を持っているか訊いたが、着替えた際に舞衣たちの部屋に置いて行ってしまったらしい。

 通話を切った携帯を閉じて、巧海は門へと足を向けた。



***



 学園を出た巧海が向かった先は閑静な住宅街だ。

 人の多い駅やバス停のある街はまずないだろうと消去法でここに来たが、そう簡単に見つかるわけもない。

 晶が本気で気配を消そうと思えば獣並みにわからなくなる。


 そして相手は晶だ。


 普通の鬼ごっことは訳が違うのだからやっかいである。

 物陰に隠れているのならまだ有り難い、問題なのは陸ではなく高所にいる場合だ。


 木の上や団地やマンションの屋上。とにかく上が付く場所にいるなら巧海には見つけようがない。


 街が寝静まった頃を待って戻ってくるのだろうか―――と、諦めかけたときだ。

 不自然な風が髪を掠めて、反射的に振り向いたそこにいたのは―――女の子だった。


 風化学園の中等部の制服、だけど巧海とは違う紛れもない女子のもの。




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