shortstory
□キミとの関係
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前の態度と、特別何か変化があったわけじゃない。
でも、何故か悲しくて、いつもみたいに遠慮無しにずけずけ踏み込むことが怖くて。
そんな気持ちが出来てからはヒカルの家に行くことができなくなった。
母親に頼まれてお裾分けを持って行く、そんなふうに野暮用がなければ足を運ぶ勇気なんてでない。
それでも行くとヒカルはいなかったり、部屋に籠もってたり。
今はクラスも違うから、顔を合わせる機会なんて滅多にない。
「……あかり、進藤君は進藤君だよ。プロでも今まで一緒にいた進藤君に変わりなんてないと思う」
「うん……」
久美子の言葉はもっともだ。
今はどうあれ、過去の思い出も無くなるわけではない。
無くしたくても、無くならない。
「そうだよね、ごめん。あはは、私急に暗くなっちゃって変だよね、もう大丈夫!」
なんとも言えないしんみりした空気にいたたまれなくなり、からっと笑う。
心配そうにこちらを見る久美子の視線が、痛くて申し訳なかった。
「あかり、無理しないでね」
「やだなぁ、大丈夫だってば! ちょっとセンチメンタルに浸ってみただけだよ」
驚かしてごめんね、と、笑って軽口を弾ませる。
「もう暗くなるし早く帰ろう」
笑顔のまま久美子から顔を逸らし、家路へと歩き出す足は重い。
うん、と言って心配そうにする久美子に罪悪感を抱きながらも、あかりは素直にはなれなかった。
***
ボスリと音をたてて、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。
ため込んでいた気持ちが一気に溢れ出して、思わず声をあげそうになった。
「う……っ、ふぇ、く……」
しゃくりあげる嗚咽だけが、あかりの部屋に響く。
下には母も姉もいる。
知られたくなくて、出そうになる声を必死にこらえた。
こんな、こんな情けないとこ、誰にも見られたくない。
久美子と別れてから家までの帰路、何度も泣きそうになった。
家に帰ったとき、おかえりと微笑む母に自分が笑顔を返せていたかも分からない。
泣き止もうと思えば思うほど、涙は溢れ出して止まらない。
苦しくて悲しい。
この気持ちの名はなんだろう。
そうは思うものの、知りたくないような気もする。
知ってしまったら、今より苦しくなる気がして。
体中の水分が枯れて無くなるんじゃないのかと思うくらいに止まらない。
シーツが涙で湿っている。
顔もきっとぐちゃぐちゃだ。
「……っ、ヒカ…ル。ヒカル……!」
苦しい呼吸の中、浮かんでは消えてゆく人物の名前を口にする。
過去はどうあっても消えない。
なんて残酷なんだろう。
こんな中途半端に思い出ばかりが染み付いて、振り返れば傷を抉るように痛む。
幼なじみじゃなければ、ヒカルとの思い出が無ければ、こんなに苦しくないのに。
きってもきれない?
切れるよ。
簡単に。
いつか失うなら、今失ってしまえばいい。
早い方が傷も浅いはずだ。
もう会いにいかない。
―――ヒカルとは会わない。
酷く胸が痛んだ。
またジワジワと大粒の涙が溢れ出す。
嗚咽のせいで呼吸が苦しい。
苦痛はきっと今だけ。
だから、決心を―――。
「あかりー!」
ビクリと肩を揺らす。
下から母があかりを呼んだのだ。
返事をしなくてはと思い、涙を拭って、なんとか息を吸い込む。
「はーぁい」
声が震える。
気づかれないだろうか、と必死で呼吸を整えようと深呼吸。
「あかりー、俺だけど今いいかー?」
ビキ、と音を立てて固まるようだった。
下から聞こえた声。
母ではない。
前より少し低くなった、今一番聞きたくない声。
―――ヒカル!!
思わぬ声に返事も忘れ、頭が真っ白になる。
「あがるぞー?」
階段をのぼってくる足音で我にかえった。
えっ、えっ! 何、なんで!?
困惑に支配されたまま、ベッドの上で無意味にキョロキョロと目を泳がせる。
―――ガチャ。
全身が硬直する。
もう逃げ場も何もない。
「あかり、ちょっと頼みが―…って、どうした?」
「な、なにが?」
詰まった声を出そうと試みたところ、有り難いことにあっさり出てくれた。
だがヒカルの目は怪訝にあかりを見つめてくる。
「何がって、泣いた痕」
ズバリと指摘され、うっ、と口ごもる。
もう少し遠回しに言えないのだろうか、と思ったところで、ヒカルには無理だったと気づく。
「……ヒカルには関係ない」
我ながら可愛くない応えだが、今はそんなことに気をまわせるほどの余裕はない。
ふぅん、と差して興味もなさそうにするヒカルに、ムッとしてしまうのは矛盾だろうか。
矛盾だよね……。
さっきまで会わないって思ってたのに、これだ。
自己嫌悪。
「まあいいや、勉強教えてくれねえか?」
「勉強?」
ヒカルに似つかわしくない単語に、怪訝な目を向けるとムッとされた。
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