shortstory

□キミとの関係
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 お互いが好きとか嫌いとか意識する以前に、接点や関わりが多かったと思う。


 幼稚園では同じ班になることが多く、親同士が意気投合たこともあって、お互いの家に行き来することも多かった。


 家が近所だったため、小・中学校も一緒だった。

 その頃には名前を呼び捨てるくらいには親しくなってた。


 一緒にいることが当たり前で。

 遠くに感じたことなんてなかった。


 ―――なかったのに。



「あ、進藤君載ってるよ」

「ヒカル?」


 久美子の言葉に首を傾ぐと「ほら」週刊碁を開いて見せられる。

 週刊碁の端を右手で持って、目を文字に走らせる。


「7連勝……、進藤プロ絶好調だなぁ」

「なぁに、進藤プロなんて呼んじゃって」

「……だって、プロだから」

「?」


 ぽつん、と呟けば、久美子が顔をのぞき込んでくる。

 慌てて「何でもないよ」と首を振った。

 暗くなった思考を追いやり、いつもの笑顔に戻す。


「コレ、買ってくるね」


 そのままレジへ向かえば、久美子は頷いて手近の雑誌に手を伸ばした。


「ありがとうごさいました―」


 定員の声を後にコンビニを出ると、外は陽が沈み始めている。


「進藤君すごいね」

「え? ああ、そうだね」


 久美子の言葉が一瞬何を示しているのか分からず、キョトンとしてしまうが、すぐに理解し相槌をうった。



 そう、ヒカルはすごい。

 中学に入って急に囲碁を始めだしたヒカル。

 あかりはヒカルにくっついて囲碁を見ていたが、何だかんだど自分ものめり込んでしまった。


 なのにヒカルはすぐにプロになってしまって、最近では学校も休みがちだ。


「プロって言われたときはピンとこなかったけど、こうして週刊碁に載ってるの見ると、すごいんだなあって思うよ」

 ね?、と久美子に同意を求められれば「そうだね」と返す。


「最近進藤君見ないけど、あかり会えてる?」

「ううん、全然。家に行ってもいないことが多くて」


 苦笑して頬を掻く。


 ご近所さんで幼なじみ、なんてただの肩書きに過ぎないんだと、最近になって痛感した。

 いつも会いたいと思えばすぐに会えた。

 むしろ会いたいと思う間もないくらい、一緒にいる時間が長かった。


 進藤ヒカルの名前を聞くと、何だかフツフツと言い知れぬ感情がわいてくる。


 怒り?

 うん、怒ってる。


 でもそれだけじゃない。

 そんな言葉じゃないの。



「そっかぁ。あかり、さみしくない?」

「……さみしい?」



 ―――サミシイ。



 モヤモヤとした疑問が、その言葉ですうっと砂のように消えたのがわかる。


「………さみしい、のかな」

「あかり?」

「そうかも」

「?」


 すっかり自分の世界に入ってしまったあかりの呟きに、久美子はただ疑問符を浮かべるしかできない。


「きってもきれない、なんて嘘だよね」

「あかり……」


 急にあかりの声が暗くなり、2人の足が止まる。

 間を空けて一軒家がまばらに建ち並ぶ路上は、まだ夕方でも人通りはほとんどない。

 沈んでゆくオレンジの太陽を合図に、ポツポツと街灯に明かりが灯る。


「幼なじみっていうだけなのに、離れたりしないって思ってた」

「うん」


 今まであった、根拠のない安心感。

 離れてしまえばこんなにも脆い関係だと、絶望のようにのしかかる。


 あかりの言葉に口を挟まず、久美子はただ相槌をうつ。


「でも、ヒカルがプロになってから……ううん碁を始めてから、距離感があって」

「うん」


 その後は少し長く感じられる間が空いた。


「……さみしいの」

「うん……」


 あかりは重い口を開いて、喉に詰まった言葉をなんとか発した。


 だって、私が楽しいって、好きだって思ってる囲碁と、ヒカルがしている囲碁とでは決定的な違いがある。


 ただの部活と、プロの差。

 好きだと思った、囲碁に熱心になっているヒカル。


 最初はそれだけだった。

 幼なじみの好きなのか、友達の好きなのか、恋の好きなのか、そんな理由をこじつける意味も無く思えた。


 でも、だんだん増していく疎外感、不安


 ―――喪失感。


 学校や外で直に会うヒカルはいつもと変わらない、幼なじみのヒカル。


 でも、週刊碁やテレビに映るヒカルは私の知らない、プロのヒカル。

 最初はちょっとした違和感だけだった。


 会いたいなら会えばいいし、自分から行けばいい。


 だからヒカルが囲碁部を辞めてからは、ヒカルの家に半ば押し掛ける勢いで指導碁をせがんだ。

 乱暴な口調、あしらう仕草、囲碁に集中したいという意志。

 全てがあかりに突きつけられた。




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