shortstory
□キミとの関係
2ページ/4ページ
お互いが好きとか嫌いとか意識する以前に、接点や関わりが多かったと思う。
幼稚園では同じ班になることが多く、親同士が意気投合たこともあって、お互いの家に行き来することも多かった。
家が近所だったため、小・中学校も一緒だった。
その頃には名前を呼び捨てるくらいには親しくなってた。
一緒にいることが当たり前で。
遠くに感じたことなんてなかった。
―――なかったのに。
「あ、進藤君載ってるよ」
「ヒカル?」
久美子の言葉に首を傾ぐと「ほら」週刊碁を開いて見せられる。
週刊碁の端を右手で持って、目を文字に走らせる。
「7連勝……、進藤プロ絶好調だなぁ」
「なぁに、進藤プロなんて呼んじゃって」
「……だって、プロだから」
「?」
ぽつん、と呟けば、久美子が顔をのぞき込んでくる。
慌てて「何でもないよ」と首を振った。
暗くなった思考を追いやり、いつもの笑顔に戻す。
「コレ、買ってくるね」
そのままレジへ向かえば、久美子は頷いて手近の雑誌に手を伸ばした。
「ありがとうごさいました―」
定員の声を後にコンビニを出ると、外は陽が沈み始めている。
「進藤君すごいね」
「え? ああ、そうだね」
久美子の言葉が一瞬何を示しているのか分からず、キョトンとしてしまうが、すぐに理解し相槌をうった。
そう、ヒカルはすごい。
中学に入って急に囲碁を始めだしたヒカル。
あかりはヒカルにくっついて囲碁を見ていたが、何だかんだど自分ものめり込んでしまった。
なのにヒカルはすぐにプロになってしまって、最近では学校も休みがちだ。
「プロって言われたときはピンとこなかったけど、こうして週刊碁に載ってるの見ると、すごいんだなあって思うよ」
ね?、と久美子に同意を求められれば「そうだね」と返す。
「最近進藤君見ないけど、あかり会えてる?」
「ううん、全然。家に行ってもいないことが多くて」
苦笑して頬を掻く。
ご近所さんで幼なじみ、なんてただの肩書きに過ぎないんだと、最近になって痛感した。
いつも会いたいと思えばすぐに会えた。
むしろ会いたいと思う間もないくらい、一緒にいる時間が長かった。
進藤ヒカルの名前を聞くと、何だかフツフツと言い知れぬ感情がわいてくる。
怒り?
うん、怒ってる。
でもそれだけじゃない。
そんな言葉じゃないの。
「そっかぁ。あかり、さみしくない?」
「……さみしい?」
―――サミシイ。
モヤモヤとした疑問が、その言葉ですうっと砂のように消えたのがわかる。
「………さみしい、のかな」
「あかり?」
「そうかも」
「?」
すっかり自分の世界に入ってしまったあかりの呟きに、久美子はただ疑問符を浮かべるしかできない。
「きってもきれない、なんて嘘だよね」
「あかり……」
急にあかりの声が暗くなり、2人の足が止まる。
間を空けて一軒家がまばらに建ち並ぶ路上は、まだ夕方でも人通りはほとんどない。
沈んでゆくオレンジの太陽を合図に、ポツポツと街灯に明かりが灯る。
「幼なじみっていうだけなのに、離れたりしないって思ってた」
「うん」
今まであった、根拠のない安心感。
離れてしまえばこんなにも脆い関係だと、絶望のようにのしかかる。
あかりの言葉に口を挟まず、久美子はただ相槌をうつ。
「でも、ヒカルがプロになってから……ううん碁を始めてから、距離感があって」
「うん」
その後は少し長く感じられる間が空いた。
「……さみしいの」
「うん……」
あかりは重い口を開いて、喉に詰まった言葉をなんとか発した。
だって、私が楽しいって、好きだって思ってる囲碁と、ヒカルがしている囲碁とでは決定的な違いがある。
ただの部活と、プロの差。
好きだと思った、囲碁に熱心になっているヒカル。
最初はそれだけだった。
幼なじみの好きなのか、友達の好きなのか、恋の好きなのか、そんな理由をこじつける意味も無く思えた。
でも、だんだん増していく疎外感、不安
―――喪失感。
学校や外で直に会うヒカルはいつもと変わらない、幼なじみのヒカル。
でも、週刊碁やテレビに映るヒカルは私の知らない、プロのヒカル。
最初はちょっとした違和感だけだった。
会いたいなら会えばいいし、自分から行けばいい。
だからヒカルが囲碁部を辞めてからは、ヒカルの家に半ば押し掛ける勢いで指導碁をせがんだ。
乱暴な口調、あしらう仕草、囲碁に集中したいという意志。
全てがあかりに突きつけられた。
.