shortstory

□Choco×Choco
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 一晩悩みに悩んで決めたのは甘さ控えめのチョコレートケーキ。

 やはり定番が一番しっくりきた結果だ。


 明日学校から帰ったら晶とお茶をしよう思えば、今から楽しみである。

 不意に携帯が鳴り、洗い物をする手を止めて水を拭ってから開く。

 液晶にはさきほど文房具を買いに出た晶の名前が表示されていた。


「え、……珍しいなぁ」


 文面は舞衣となつきとお茶をしてくる、という内容だった。

 街で偶然会ったらしいが、それにしてもお茶とは珍しい。

 意外さに驚きつつ了承の意を打って送信する。

 姉が引き留めたのだろうと、とくに気にすることなく夕飯の支度に取りかかった。



 夕飯が出来る少し前に帰ってきた晶は、調理室にこんもりと作られたクッキーを見て呆れ顔だ。


「またすげえ量だな……」

「あはは。思ったより多くなっちゃって。まあ男子にもあげれば大丈夫だよ」


 バレンタインに男が男にチョコを渡すとはなんとも変な構図である。

 相変わらず料理に対する量の加減が下手な巧海らしいといえばらしいが。


「晶くんのはまた別にあるから」

「これ作ってさらにまだあるのかよ……。あー、まあ楽しみにしてる」

「うん。それにしてもお姉ちゃんたちとお茶なんて珍しいね」

「あ、ああ。俺着替えてくるから」


 何故か慌てたように調理室を出た晶に首を傾げるが、沸騰して零れかかったお湯に意識が逸れた。


 夕食を終えて、2人は机に明日までに提出する宿題を広げた。


「ねえ晶くん、ここってこれでいいのかな」

「んー? ああ、たぶん」


 あまり自信のない問題にあたり、答え合わせに晶の方へ寄ると甘い香りがした。

 シャンプーとは違う。

 何だろうと晶の深緑の髪に鼻を寄せると、勢いよく仰け反られた。


「何だよいきなり!」

「なんか甘い匂いするから。晶くん今日お姉ちゃんたちとお茶する以外にどこか行った?」

「べ、別に」


 露骨に顔を逸らした晶の表情は明らかに何かを隠してる。

 嘘が下手なのは秘密の忍者と名乗ったときからバレバレだ。

 隠し事をされているとわかれば当然面白くないわけで。

 眉を寄せると、気づいた晶が「う、」と後ろに下がる。

 とはいえ椅子に座ったままなので心持ちだが。


「晶くん、何か隠してるでしょ」

「か、隠してない」

「嘘。目が泳いでる」

「だーっ! 別にやましいこっちゃねえよ!」

「なら教えてよ」

「ぐっ……。あ、明日になればわかるから今は」

「やだ。気になる」

「今も明日も変わらないだろ。さっさと宿題―――わッ!」


 机に向き直ろうとする晶の肩を掴んで軽く引けば、油断していた細い体躯は簡単に倒れ込んできた。

 わかっていたが自分に支える力はない。

 せめてもと踏ん張って衝撃を少なく床に腰を下ろす。


「ばかっ、大丈夫……ッ」


 慌てて起き上がった晶の腕を掴む。

 自分を引っ張ったことより巧海の安否を心配するのが晶だ。

 そんな優しさを逆手に取って後頭部に手を掛け引き寄せた。

 髪からはやはりほんのりと甘い香りが漂う。

 この香りは―――チョコレート?


「おい巧海?」

「……」

「どうし―――っん!」


 かぷりと服から覗く白い首を噛めば、いつもとは違う高い声があがる。

 もう少し聞きたくて視界に入った耳もまたかぷり。

 晶の体が熱くなっていくのがわかって、そんなことが嬉しい自分はだいぶ重症だ。


「―――っ何しやがんだてめえ!」

「だって晶くんが教えてくれないから」

「からなんだよ!」

「嫌がらせ?」


 しれっと言い放った巧海に真っ赤な顔で呆れたため息を吐いて、離れようと体を引くので手を握るが。


「隠さないから、取り敢えず離せ」


 観念したようにむくれる晶を見て離すと、何やらかばんを漁っている。

 何だろうと近づくと、いきなり目の前に何かを突き出され思わず目をつぶった。

 次の瞬間には頭に固いものを投げつけられ、鈍く痛む頭を抑える。


「ひ、ひどい」

「知るか!」

「角当たったよ……。これ何―――」


 手元に落ちたままの“何か”を見て目を瞠った。

 え、え、もしかしてもしかしなくても。


「……チョコ?」


 驚きのあまり目を見開いてまじまじと四角い小さな箱を見やる。

 茶色い箱にはレースと細い赤のりぼんで綺麗にラッピングされていた。


「わ、わわわわ。すごい、すごいよ晶くん」

「うるせえ! 俺があげたらそんなにすげえかよ!」

「うん。絶対もらえないと思ってたから」


 だからホワイトデーで良いと言ったのだ。

 欲しくなかったかと訊かれればもちろん欲しいが、晶に無理を強いてまで欲しいものではない。

 自分が作ったものを美味しいと言って食べてもらえればそれで満足できたのもまた事実。

 だがこうしてもらってみれば、思っていたよりもずっと―――。


「……ありがとう、晶くん。すごく嬉しい」

「………おう」


 ぷいっと背かれた横顔はほんのりと朱に染まっている。

 きっと姉の提案で女子寮で作ったのだろう、晶なら誰にも見つからず入るのは朝飯前だ。


 恥ずかしかっただろうな、と思う。


 舞衣がいるなかで“女の子”の一面をさらけ出したようなものだ。

 今の“男より男らしい晶”はそうなろうとして作られたもので、その型を破るのはきっと周りが思うより勇気がいることだろう。

 そう思えば嬉しくてたまらくなる。

 自分のために、型をひとつ破ってくれたのだ。


「晶くん、」

「なんだよ」


 つっけんどんに返す晶だが、それが照れ隠しだとわかれば増すのは愛しさだ。


「キスしたい」

「なっ……!」

「だめ?」

「何でお前はそういうことを恥もなく言うんだよ!」

「恥ずかしくないから。したいんだもん」

「知るかっ!」


 火が出るんじゃないかと心配するほど真っ赤になって怒られるが、気にしない。

 にっこり笑って晶の後頭部に手を回せばあっさりと唇が重なる。

 触れているだけでは足りなくて晶の下唇を甘噛みすれば、反射で薄く開いた隙間に舌を滑り込ませる。

 苦しいのか肩を叩いて抵抗されるが、本気で叩かないあたり晶は巧海に甘い。


「んむ、む〜〜っ! ……ふぁッ」

「晶くん、鼻で息するんだよ」

「んな器用なことできるか! だいたいお前も手加減しろよ!」

「まあまあ、練習すれば大丈夫大丈夫」

「誰がするか!!」


 喚く晶を無視してまた唇に自分のそれを重ねる。

 仕方ない。

 自制が利かないほど嬉しくさせた晶も悪いのだから。


 満足して離したあと、怒る晶にそう言えば、やっぱり真っ赤な顔で怒鳴られた。










FIN.




バレンタインSS。巧海が逆チョコってんでもまるで違和感ないのですが、晶くん頑張りました〜な感じです。巧海ばっかり美味しい思いしちゃってるよ…まあバレンタインだし、いいのかな(適当)
舞衣たちと絡ませるの楽しい。
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