shortstory

□からかい
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「ぬあッ!?」

 けたたましい音と、高い声とは裏腹な奇声に晶は廊下を歩く足を止めた。

「……杉浦先生」

「へ? ……おやおやおや〜、美少年ラキング一位を誇る尾久崎晶君ではないかね」

「んな二つ名で呼ばんでください」

 ニヤニヤと笑う碧の足元に散らばる書類やファイルを拾い出すが、碧は面白そうに笑ったままだ。

「じゃあ美少女がいい?」

「誰がそんな事言いましたかッ!」

「あらら〜、巧海君からしてみればそうなんじゃない?」

「ッ! 知りません!」

 真っ赤になって拾い集めたファイル等を碧に押し付ける男装をした少女の可愛らしいこと。

「ちょうど良いわ、これコピーするの手伝って」

「……なんで俺が」

 このまま一緒にいてもからかわれるのがオチだ。

 だがこの教師には自分が女だということを秘密にしてもらっている借りがあるのだからついてない。

「まあまあそう拗ねるな、晶ちゃん」

「晶ちゃん言うな!」

 軽快に笑いながら晶に書類を持たせ自分はファイルを片手に印刷室へ向かった。

「学校どう? バレそうに、とかない?」

「全然。同室にでもならない限りはバレません」

 それは同室である鴇羽巧海への揶揄だろう。

 晶の想い人であった巧海とは今は恋人同士になり巧海の手術の為アメリカへも同行したと聞いた。

「愛しい男と一つ屋根の下、」

「部屋が一緒なだけですけど」

「愛し愛され更けゆく夜に浮かぶ満月と一夜に灯る熱と喘ぎ声……」

「おい! いかがわしい言い方すんなッ!」

「へ? 違うの?」

「当たり前だ!」

 素で意外そうな顔をした碧の顔を横目で睨みつけコピー機のスタートボタンを押す。

 本当に教師かこのグラマー!

 からかわれている現状が気に入らずひねくれ内心毒づく。

「ふーん、巧海君我慢強いんだ」

「……は?」

「は?ってあんた。健全な中学生男子なんだから好きな女に欲情くらいするでょ」

「よくじょ……ッ!」

「あれまぁ、茹でダコ」

 碧の余裕な笑みに腹が立つが正直言い返せない。

 それは一緒にいる晶も感じていることだ。

「俺は知りません、知ったらアウトじゃないッスか」

「アウト、ねぇ?」

「……ニヤニヤしないでくれますか、気味悪い」

「ひっどーい、妖美と言ってよ〜」

 ふんっと鼻を鳴らしてコピー機の操作に戻る。

 ―――知ったらアウトじゃないッスか、ねえ。

 晶は巧海の優しさを突いて一線を越えさせないようにしているのだ。

 無垢な何も知らない少女を装って。

 ……まあ事実無垢なのよね。

 巧海は押しが強いが晶には甘く優しい。
 晶が巧海を信頼し身を預ければ巧海もそれに応えなければならなくなる。

 だから晶は巧海の気持ちを知らないように気づかないようにしている、そういうことか。

「でもさあ、知ったらアウトってことは迫られたら拒否しないってことぉ?」

 下からのぞき込むように言った碧の言葉に持っていたコピー紙を音を立てて落とした。

「―――な、なにッ言って」

「あれ、違うの」

「……拒否する、理由が無いじゃないですか」

 頬を朱に染めポツリと呟く。
 これは誰が見ても恋する女の子だ。

「本当に好きなのね」

「す、杉浦先生だって好きな人いるんでしょう!」

「へ」

「大学の教授だって聞きました」

 思わぬ返しに目をしばたかせるが、ここで形勢逆転とはいかせまい。



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