shortstory

□雪空に幸せを
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 しんしん、しんしん。


 そっと静かに音もなく、雪が白い雲から落ちてくる。

 全てを白で覆い尽くす雪は、綺麗なようで残酷にも見えた。


 窓の外から見える雪景色は毎年変わらず同じだ。

 毎年外の景色は何かしら変わっていく。

 古い物が無くなって、新しい物が作られて、形がどんどん変わっていく。


 だけど雪の日は変わらない。

 全てを白くするから。

 真っ白に染めて、全てを一色にして、同じにしてしまうから。

 そんな外の景色を眺めていると、いつの間にか自分の息で窓が曇った。


 ああ、やっぱり白いんだ。


 この窓を開け放って外に出たら、僕も真っ白になるだろうか。


 身も、心も、全て。

 白く、なれるだろうか―――。



***



 朝起きてすぐに、ひんやりとした空気に巧海は首をすぼめた。

 毎朝肌に感じても寒さというのは慣れないらしい。

 なかなか布団から出られず枕に顔を埋めるが、ずっとこうしている訳にもいかない。

 朝食の用意をしなくては、ともぞもぞ布団から這い出る。


「巧海? 起きたか?」

「うん……。おはよう、晶くん」


 寝ぼけ眼で擦りながら言うと、晶は「おはよう」と少し笑った。

 平日は晶の方がいつも先に起きている。

 前に理由を訊いたが、いろいろあるんだとはぐらかされた。


「ほら、ちゃんと上着羽織れよ。風邪ひいちまうぞ」

「うん、ありがと」


 少し前に姉がくれた部屋用の緑の上着は、モコモコとして温かい。

 雑貨屋で買ったのだろう、中学生男子が着るには少し可愛すぎる。

 だが舞衣のおさがりエプロンを平然と着ている巧海にそれ程抵抗はなく、むしろ晶の方が腰を退いていた。


「今日も雪積もってんな。寒くてかなわねえや」

「昨日のうちにチャウダー作ったんだ。温めるだけだからすぐに食べられるよ」

「準備いいな」

「うん。だからさ、少し早く出ない?」


 怪訝に首を傾げた晶に、巧海はいつもの笑顔を返した。




 外に出れば、部屋で感じる倍の冷たさが肌を刺激した。

 厚着をしていてもやはり寒い。

 隠しきれない顔はピリピリと痛む。


「おい、大丈夫か?」

「うん。平気」


 心配そうに顔を覗き込む晶に微笑んで、空から降る雪を眺める。

 いつもなら巧海の体が冷えることを案じて急いで校内に駆け込むが、今日は違った。

 早く出てゆっくり行きたい、と言い出した巧海に晶は渋い顔をしたが、最終的には頷いた。

 校内までなら大丈夫だと判断したらしい。


「本当に白いね」

「当たり前だろ、雪降ってんだから」

「そうなんだけどさ。僕、雪ってほとんど病室でしか見てなかったから」



 雪に限らず、色んなものを病室から見ていた。

 人も、車も、建物も、樹も、季節も。

 孤独感はいつでもつきまとって、虚無感に体を抱き寄せ、不安に揺れた日々。


 雪に埋もれた世界を見て、自分も染まってしまいたいと思った。

 真っ白になって、全部を無くしてしまえたらどれだけ楽になるかと。


 姉にも迷惑を掛けなくて済むし。

 病気に怯えて苦しむことも無いし。

 人の善意と悪意に踊らされることもないし。


 純粋で無垢な綺麗なものになれるかもしれない。


 そんな幻想を抱いて静かに降り積もる雪を見つめていた。



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