shortstory
□Choco×Choco
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「トリュフ、フォンダンショコラ、生チョコ、クッキー……あ、ガトーショコラも美味しそうだね」
「……何してんだお前」
机に向かって何をしているかと思えば、巧海が見ているのはバレンタイン特集のお菓子本だ。
「何ってバレンタインに作るお菓子選び。晶くんは何食べたい?」
さも当たり前のように笑顔な巧海に頭を抑える。
バレンタインは女が男にチョコを渡す日なはずだ。
だというのに巧海は自分で作る気満々である。
「あのな、なんでお前が作るんだよ。どうせクラスの女子やら先輩やらにもらうだろ」
「まあそうだけど。晶くんにあげたいし」
「いやいやいや。普通逆なんじゃねえの」
「え、晶くんくれるの?」
「………」
驚いたように訊く巧海から顔を逸らすと「ほらね」と笑われた。
「晶くん作るのも買うのも嫌でしょ? だからホワイトデーでいいよ。そしたら買いにいけるじゃない」
「まあ……そうだけど」
事実いつ誰に見られるかもわからない共同の調理室で作ることも、街の女子で溢れかえっているバレンタインコーナーに行って買うのも嫌だ。
わざわざ女子の格好をして買いに行くのもはばかれる、が。
「なんか可笑しくねえか……?」
「そうかなぁ。イギリスなんかじゃ男の人が女の人に花あげるらしいし、そんなにおかしくないよ」
「いやここ日本だし」
「まあまあ、細かいことは気にせず」
そう言って微笑む巧海に、もやりと心が濁る。
お前はそれでいいのか。
そうは思っても、訊いたところで意味の無いことだとそれは胸にとどめた。
***
バレンタイン前日。
文房具を買いに街に出ると、やはり買い出しに出ている女性が多かった。
小学生から大人まで年齢層はさすがに厚い。
晶といえば、部活が終わってそのままの格好―――つまり学ラン姿だ。
巧海はホワイトデーで良いと言っていたが、やはりどこかそれではいけない気がする。
そう思い文房具を言い訳に街に出たのだが―――無理、ぜってえ無理!
こんなピンクと女に埋もれた中に入る度胸など晶にはない。
なにせ今まで男として生きてきたのだ、あげる側になどなったことなどあるはずがない。
いつも自分はもらう側だった。
お返しなんていう手間もする質ではなく、直接渡された場合は断って靴箱や机に入れられていたものは伊織や家政婦などに任せていた。
どうしてもバレンタインのチョコレートは食べられなかった。
純粋に向けられた想いは罪悪感に変わって晶を苛む。
男と嘘を吐く自分を好きという女子たちが、とても怖かった。
傷つけそうで、傷つけられそうで、だからバレンタインはあまり好きではなかった。
なのに今の自分は―――あげたいと思っているのだ。
好きな人がいて、くだらないと思っていたイベントを意識して、こんなところに来てしまった。
そんな自分に気づいて、熱くなる顔をぶんぶんと振って冷ます。
「あれ、晶くん?」
不意に呼ばれた声の方へと振り向けば、巧海の姉である舞衣が立っていた。
後ろから来るのは珍しくも命ではなくなつきだ。
「どうも。バレンタインの買い出しですか?」
「まあね、なつきは付き添いだけど」
舞衣は両手に材料と思しき袋を持っているが、付き添いだと言うなつきはいくつかチョコが入っているであろう包みを持っている。
晶の視線に気づいたなつきが「これは私のだ」と軽く振った。
「なんかねー、バレンタイン時期にしか売ってないチョコが目当てなんだって」
「私が誰かにあげるわけ無いだろう。気持ち悪い」
「はいはい。晶くんは? 学ランだしチョコ買いにってわけじゃないよね」
「あ、はい。文房具屋に行くとこです」
「そう言えば尾久崎、お前巧海にあげるチョコはどうするんだ?」
舞衣の言葉を訊いたなつきに問われ、ざっと巧海とのやりとりを話した。
呆れたような顔をするなつきに対し、舞衣は苦笑気味だ。
「最近料理に目覚めてるもんねえ、あの子。んー、でもそっかあ」
少し頬に指を当てて悩む仕草をした舞衣が、何か思いついたように笑う。
「ねえ、このあとって何か用事ある?」
訊かれた意図がわからず怪訝に思いながら首を横に振る。
そんな晶に舞衣は楽しそうに提案を出してきた。
***
男子寮の調理室に充満するのは甘いチョコレートの香り。
オーブンとテーブルには大量のチョコクッキーが生産されている。
これは晶へのではなく、クラスの女子用だ。
いつもお菓子交換をしている女子たちに、バレンタインでも交換の約束をしているのだ。
もともと晶以外の分は大量に作りやすいトリュフかクッキーにしようと決めていたため、決定はスムーズだった。
悩んでいたのは晶へのバレンタイン菓子。
せっかくなのだから手の込んだ物をと思うも、レシピに目を向ければどれも美味しそうで決まらないという罠。
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