【運命の刻】

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「じゃあ、その言葉に甘えていいか?」

小首を傾げてこちらを見る聖さん。夕日に照らされた彼の横顔が何か言いたそうで、でも、言いづらそうな顔つきのままだ。

「あの…聖」

「ん?」

「ここ、防音ですよね?」

「そうだが、どうかしたか?」

「じゃあ思い切り泣いてもバレませんよね?」

「泣きたいのか?」

「ぼ、僕じゃありませんっ!」

すると、頭を撫でられた。

「気を遣ってくれてありがとう」

「僕で、良ければ、肩をお貸ししますよ?」

声が上擦り、クスリと笑われる。慰め方を間違えただろうか。すると、突然肩に重みがかかる。

「しばらくこうしててもいいか?皆には内緒だぞ」

「…はい」

やはり人前では、泣けないのだろうか。精一杯耐えようとするその気持ちが痛いほど分かる。

「なぁ…」

「は、はい」

「俺さぁ、親父が一生懸命、爽さんの記憶辿ろうとしてたこと、前々から知ってて、だから力になりたかった。でも1人じゃ無理でさぁ、輝樹と瑠唯ちゃんに協力してもらおうと頼んだ。2人は、快諾してくれた。でも、その真実を探すには…危険なことがあって。皆地下にいた奴らが死んで、俺達3人だけになった。2人は生き残って帰れるルールだった。な、何のゲームか分からないよな?」

「例のゲームですか?」

「そう。お前さぁ、自分が死ぬかもしれないと分かっててもやっぱり俺の方につく?」

ここは、正直に言うべきだろうか。でも、今なら言えるかもしれない。

「実は、僕はいつ死んでも良かったと思ってました。ずっと暗い部屋の中、パソコンと漫画だけが僕の世界でした。だから、誰にも必要とされてなくて、疎んじられて、生きる意味を見失ってました。今だって、ここにいていいか分かりません。でも、貴方が僕を必要としてくれた。もし死ぬならばせめて貴方の役に立ちたい。だから、僕は貴方につきます」

「ごめん。執事じゃなかったら、お前は平和なままで…」

「僕にとっては、平和は何も変わらない。閉塞な環境で、ずっと疎んじられます」

だから、本当は自分を変えるきっかけが欲しかったのかもしれない。閉塞な空間ではなしえなかったことだ。

「お前にとっての平和は苦痛だったよな」

「…はい。ごめんなさい。皆さんが苦労して手に入れた平和なのにこんな酷いこと言って…」

「全体的な平和は保たれてる。だが俺達にとっての平和はまだ手に入ってない。ま、お前の場合は、俺の親父の心の平安を求めてる」

「半ば無理矢理だけど…」

「また巻き込む形になるかもしれない。輝樹みたいな目を遭わせるかもしれない。それでも、共に行くか?」

逆に聖さんがその立場になるかもしれない。それだけは死んでも阻止したい。

「もちろんです。僕の命は貴方のものです」

すると、きついぐらいに抱きしめられた。身体全体で感じる聖さんの体温。そして、震える体。嬉しくもあり、僕にそう言わせてしまった切なさを表していた。

「馬鹿だなぁ。本当馬鹿だぁ」

「馬鹿でもいい。貴方を守る盾になりたいんです」

自分でも知らないうちに執事らしい言葉を言ってしまう。

「能力者でもないのに馬鹿言ってんじゃねぇよ」

言葉とは裏腹に頭をわしゃわしゃ撫でられた。

「実は輝樹も俺の執事だったんだ」

「えっ…。じゃあなんで僕に執事を頼んだんですか」

「あれは単なる口実だった。まさかここまで、本気になってくれるなんて思わなかった」

ならば、輝樹さんが犠牲になったのは、友情もあるが執事としての執務を真っ当するためだったということか。

「そこまで言ってくれるなら、もう一度言う。蒼太。俺の執事として共にゲームに参加してくれるか…?」

語尾が微かに震える。間違いなく泣いている。もう僕に委ねてるのかもしれない。彼の後頭部に手を沿える。手を払わずそのまま僕に任せている。

「もちろんです。輝樹さんも礼さんの記憶も取り戻しましょうね」

何もいわず、何度も首を振る彼。もう涙で言葉にならないのだろう。しばらく、僕は彼を抱きしめたまま漆黒の闇夜に映る紅の十六夜月を眺める。きっと、地下世界はこんな世界なのだろう。すると、一度体を離されて、お互いがお互いを見つめる形となった。

「蒼太は人が殺し合いで死ぬところを見たことがあるか?」

僕が見たバーチャルの世界で、殺戮なゲームではそういう光景が繰り広げられてる。しかし、実際人が人を殺す光景は見たことはない。いつにも増して真剣な顔つきになる聖さんに、その事象の深刻さがこちらまで伝わってくる。

「何も関係なかった人間達が、ゲームによって簡単に殺し合いを始める。俺は1年前、それを実際見てきた」

つまり、瑠唯さんも輝樹さんもその現場を見てきたのだ。

「たった1つの個々の望みを叶えるために、沢山の犠牲が出た。もちろん、俺達は最後の最後まで誰1人怪我すら負わさなかった。だから、最終的には俺達だけが残った。でも2人しか生き残れない。最初は俺が犠牲になり、瑠唯ちゃんと輝樹に親父の記憶のキーワードを持って帰ってもらうつもりだった。でも、輝樹はそれを許さなかった」

一度間を置く。一気に言うには、気が重たいのだろう。彼が再び口を開くまで待つ。

「輝樹は、俺がいなければ意味がないと言った。でも俺は、輝樹がいなければ両親や奏や瑠唯ちゃんが悲しむと返した。すると、自分の首輪にピストルを向けて…」

最後まで言うには、重た過ぎる事情なのだろう。だが僕には最後まで聞く義務がある。

「『瑠唯を頼んだ』と言って、崖から飛び降りた。もちろん、俺達は彼が死んだと疑わなかった。だが死亡扱いされたのは俺達の方で、そのデータの詐称をしたのが輝樹だった。ゲームが終わり主催者が皆いなくなってから、俺達は輝樹を探した。だが、どこにも彼はいなかった。そしてゲームを優勝したのが中川輝樹だったことだけが、後になって知らされた」

だから今も彼は生きているのか、死んでしまったのか不明だ。

「もし俺をエントリーしたのが輝樹自身なら、それでも一向に構わないし責めることもしない。でも、お前が言っていた輝樹の名前を名乗る他のやつが俺をエントリーしたとしたら、俺は全力でそいつを…ぶん殴る」

殺すのはやはり道理として無理なのだろう。すると、奏さんが寝室に戻ってきた。

「あんた達、まだいたんですか!?もう9時を過ぎてますけど」

気がつけば時計の針は9時15分をさしていた。慌てておいとましようとすると、最初に感じた冷たい眼差しを向けられた。

「外に出たら、ハンター達の思うつぼですよ。聖さんはともかく一般人の貴方は、無事に朝を迎えられません」

「奏、お前…」

「安心してください。僕の隣に空き部屋がありますし、女王に使ってもよいかと申しましたら、快諾なさいました。今日はそちらを利用してください」

「助かる」

「ありがとうございます。奏さん」

「別にあんた達のためじゃありませんよ。雅さんが聖さんを頼むって言ったから、仕方なくっ…」

間違いなく雅さんが好きなんだろう。それを知ってるのか、聖さんはにやにやしだす。

「なら、雅のことはお前に任せる」

「いきなり何をおっしゃるんですか。雅さんは超がつくブラコンなんですよ」

ブラコンの言葉に悔しさが滲み出る。好きだけど見向きもされてないのかもしれない。

「ま、僕は僕なりに頑張りますよ。ところで蒼太さん。本当にゲームに参加されるのですか?」

顔を赤らめたと思えば、怪訝な顔をされる。

「…はい」

「ならば、明日スクールに行く前にそのゲームを説明します。聖さん、早朝に彼を借りますが構いませんか?」

「あぁ。じゃあ俺達は向こうで寝る」

「分かりました。念のため言っておきますが、城内の方々は貴方が闇一族の末裔だと知りません。ですから不用意に自分の名前を明かされないように」

「分かりました」

「それでは、僕は個人的な研究があるので」

奏さんがパソコンの画面を変えたところで、僕達は彼が手配してくれた部屋に場所を移した。そこはツインベッドとシャワールームがあり、普通のホテルとなんら変わらない構造だった。

「泣いたら疲れた」

そう言って欠伸をする聖さん。僕に委ねたことで自分一人で背負ってきた負担が楽になったのだろう。

「もう、休まれてはいかがですか?」

「そうする。蒼太、お前も寝ろ」

そう言うと、聖さんはベッドに横たわる。彼が完全に寝てしまう前に、1つだけ質問をすることにした。

「あの…奏さんはなんで例のゲームを知ってるのですか?前回は参加されていなかったのに」

「今日検索した【水晶精通】。その裏パスワードでその情報を得た」

「パスワードなら、逆に大勢の人が知る可能性もありますよ?」

「ログインできるのは、何故か非能力者だけらしい」

しかし、奏さんは一般人の僕を冷ややかな目で見ていた。おそらく聖さんと同じく能力者だろう。能力者にも関わらずログインができるとしたら、聖さんの言葉に矛盾が生じる。

「奏さんは能力者ですよね?」

「あぁ。奏は能力者だ。だが輝さんは非能力者だ。闇雲ウイルス思念体の事件の際、02が、他の非能力者がログインした番号を暗記して、彼にその情報を提供した」

「じゃあ輝さんが奏さんにその情報を提供したのですか?」

「いや、輝樹にだ。願いが叶うと明記されたこのゲーム。俺の願いを輝さんも知っていたから」

「つまり、奏さんはその現場にたまたま居合わせたということですか」

すると、首を縦に振られた。

「居合わせたというか、02みたくログイン番号を暗記して、そのままログインした。そしたら、例のゲームについて掲載されたページを発見した」

「……だとすれば、真っ先に自分の兄を探しませんか?」

「普通はそうだ。でも奏はそうはしなかった。いや、できなかった。それは奏自身のせいではなく輝樹がそうさせないようにしたから」

だとすれば、ますます聖さんをエントリーした理由が分からなくなる。

「だから、奏はデータを収集することに専念した。このゲームのこと、そして輝樹の居場所…」

「エディは確かその段階では、開発途中でしたよね。となれば、奏さんもエディの開発に?」

「関わっている。輝樹のなしえなかったことを成し遂げるためにな。そちら方面は専門の話になるから、詳しくは分からない。ただ分かっていることは、主人が能力者でなくても、起動する機能は奏自身で作られた」

自分が輝樹さんを探せない代わりに、誰かでも良かったから見つけてほしかったのだ。

「彼は毒舌だが、根は優しい子だ」

「それは分かります。情報を提供してくださったり、心配してくださいました」

「蒼太にとっては、打算抜きでいい友人になると思うぞ」

「貴方とは友人になれないのですか?」

首を傾げる。

「血の繋がりがなければなってるけど、俺達はいとこだろう?」

「うん、まぁそうですけど」

となれば、唯一血の繋がりのない奏さんが僕の初めての友人になるかもしれない。向こうが承諾すればの話だが。

「ゲームが始まるまであと1ヶ月ある。明日から奏からレクチャーされると思う。きついと思うが、俺と共に行くなら最低限必要なことだから」

一般人の僕でも、役に立てるならどんな試練でも立ち向かおう。

「データ収集に付き合わされたり、雑務を頼まれたりするかもな。その間、俺はもう一度あの島に戻る。何かあったら連絡してくれ」

1ヶ月後ここでまた落ち合うことを約束して、僕達は眠りにつくことにした。












………be continued


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