【運命の刻】

□2
1ページ/1ページ

タイムスリップという概念はなかった。だが目の前に広がる世界が、現在住んでいる場所とは大きく変わっていたから、これがタイムスリップなのだと実感できた。

目の前に広がるのは閑散とした街と、中世に出てくるような馬鹿でかい城だ。城を見上げると肩を叩かれた。

「どうかしたのかい?お客さん」

振り向くと、端正な顔つきの男だった。お客さん…?僕のことか。

「あ、あの…レバ…レバインさんはどこにいますか?」

「従兄さんを探してるのかな?」

「は、はい…」

「とりあえず中に入ろっか?」

あっさりと侵入を許すのか。知らない人には近づくなと言われているだろ。1000年後の人間は信じられない。

「あの…」

「あ、そうそう。僕は佐伯和純。レバインさんの従兄弟にあたるんだ」

男は僕に微笑みかける。だが依然として警戒する僕。眼鏡を掛けていなかったら、この男も避けるに決まってるから。だからいまいち信じられない。すると、背後から気の強そうな銀髪の女性がやってきた。


「名前くらいあるだろう?」

「あ、鮎川蒼太です」


2人に導かれるようにして、城の中に入る。エントランスまで連れていかれると、ソファーに腰掛ける2人。


「鮎川君だね。ジパング出身かな」

「は、はい。桜蘭出身です」

「あぁ、桜蘭か。僕達も昔訪れたことのある場所だ。ところでなんで従兄さんを探してるの?」

「理由は言えません。ただある人の依頼なんです」

「そいつはどこにいる?」

「ずっと遠いところとしか…言えません」

うなだれる僕。これ以上は聞かないでほしい。すると和純さんがお茶を出してくれた。落ち着かせるためにお茶を口にする。


「その人の依頼を受けて、ここまで単身で来たんだね」

「…は、はい」

「無条件とは言わないけど、連れていってやろうか?」

「条件つきですか?」

「その眼鏡を外せ」

いきなりそう来るか。僕の身体は無意識のうちに震え出す。いうまでもなく拒絶反応だ。全力でそれを拒否しているのだ。素顔を明かしていいのは、あの3人の前だけだから。

「瑠宇、よさないか。彼が嫌がってるじゃないか」

気遣う和純さんをよそに明らかに眼鏡そのものを狙う瑠宇さん。

「素性が分からないまま、あの人のところへ行かせるわけにはいかない」

「ごめんなさい。どうしても、眼鏡だけは外したくないんで…」

すると、瑠宇さんは僕の一瞬の隙を見て眼鏡を取り上げたのだ。僕は慌てて顔を両手で隠す。

「いやぁあああああ」

男の癖に女々しい声を出してとか、そういう視線を感じて、肩身が更に狭くなる。

「そんなに見られたくないのか…」

「きっと皆、僕を軽蔑するから」

すると和純さんから肩に優しく手を添えられた。ここで優しくされると返って困惑するのが僕だ。

「はわわわわ」

「大丈夫だよ。落ち着いて。少なくとも僕達は君を軽蔑しない」

「………」

「理由は違うと思うけど、僕も昔素顔を隠してたから。君のように」

思わず手を外してしまう。素顔がバレた。案の定、僕の顔を見て2人は硬直した。もう嫌だ。帰りたい。父親の言うことなんて聞かなきゃよかった。

「や、やっぱりいいです。帰ります」

羞恥心が勝り、立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。離そうと抵抗を試みるも、非力な僕では無駄に終わった。

「そいつとの約束がある以上、帰るに帰れないだろう?」

見据えられ、動けなくなる。

「じゃあ、ななな、なんで固まったんですか?」

搾り出すような声で、質問する。いま立っているだけで精一杯なのだ。

「それは…あまりにも君が僕達の知ってる人に似てたからだよ」

もう僕の正体がバレたのだろうか。皆に広められないうちに今度こそ本当に帰らねば。

「あぁ、でもあの人は二度とこっちの世界には帰らないみたいだから、あの人じゃないね」

あの人とは、僕の父親のことだ。2人も父のことを知ってる。

「ま、素顔を見せてくれたから交渉は成立だな。にしてもよく似てるなぁ」

誰と似てるかだなんて、口が裂けても聞けなかった。その後、彼女は人間からドラゴンとやらに変身して、遥か上空にある【飛龍の里】まで送ってくれた。

『お前、この時代の人間じゃないだろ』

やはり最初から見破られていたのだ。

「な、なんで?」

『そんな眼鏡、その時代にはないよ。和純も昔同じような眼鏡をしてたけど、もっとスタイリッシュだから』

素顔を隠す眼鏡で住む時代が分かったのか。鋭い人だ。今は人でなくドラゴンだけど。だが徳川爽の息子だと分かったわけではない。


『ほらやっぱり違うんだ』

「は?」

『今、動揺してたから』

つまり釜をかけられたということだ。しまった。僕としたことが。だが、あの父の息子と見透かされるよりは、ましだ。


『でも構わんぞ。そんなやつお前以外にも見てきたからな』

「僕以外にも?」

『あぁ、和純の祖父の俊也さんの従兄弟の田所純平さんだろ?【紅龍】シリーズの著者で彼の妻である田所春代さん。そして、俊也さんと徳川春代さん。さらに和純の両親も1000年前からやってきたんだよ』

1000年前という言葉に、胸が痛くなる。こちら側からすればここは1000年後の世界だが、ここからすれば、僕らの住む世界は1000年前の世界だ。

『だいたい予想がつくけど、お前、瞳の色で昔いじめられてただろ』

「なんで、見ず知らずの相手にそんなことが言えるんだっ…し、失礼だろっ…」

口の中がカラカラに乾く。彼女もその類なのだろうか。

『うちの和純もそうだったから。今も右目の傷あるんだ。あれはリンチでやられたんだって』

物腰柔らかで終始穏やかな笑みを浮かべていた彼にまさかそんな過去があったなんて。人は見た目で判断すべきではないということを痛感する。

『言いたくなければ、それで構わない。でも紫の瞳の人間は初めて見たな。紅の瞳の持ち主は何人か見たことあるんだけど』

そうやって他愛もない会話をしているうちに、空に浮かぶ大地が下から見えた。非科学的な物は信じない質だが、これには驚きを隠せない。

『後、死神を1人見たことがある』

脈絡と繋がらない話を始める。女性は話題をぽんぽんと変えるらしいが(父曰く)、その典型的なのだろうか。

『徳川爽。紅の瞳の奥に漆黒の闇を感じた。さっきお前に似てるって言った人物な』

父の名前を呼ばれて、どきんとする。僕がその死神の息子だと見破らないで、お願いだから。

『まあ、この世界では少なくともそう呼ばれている。暗黒戦争で大量虐殺した闇雲ウイルスの源の大方は彼の血液で出来てるのだからな』

じゃあ、首にぶら下がるこれは、お守りではなく劇薬なのか。何故、これを渡したのだろう。まさか、世界の滅亡のため…!?

『なんのつもりで、レバインに会うかは知らないが、もし、暗殺計画の予定ならやめたほうがいい。彼は人であって人ではないからな』

「人ではない?」

『死神とは対極にある生命の泉と呼ばれる紅龍だ。刺し傷くらいでは死なん。実際脇腹をレーザーで焼き切られたらしいが、無傷になっていた』

徳川礼が彼女と同じドラゴンだとすると、少なくとも僕の血液にもその血が流れてるのだろう。

『ま、見たところ殺傷できるアイテムは見当たらないな。その液体の入ったペンダントを除いてはだが。まさかお前…』

身体が硬直し、口の中が再び乾く。今度こそ正体がバレたにちがいない。

『それはないか。四龍の血液があれば浄化される。なるほど、そういうことか。お前の依頼人は、病気を治す術も探してほしいわけか』

そんなことは一言も話さなかったから悔しかった。だが彼女が話題を別の方向へ向けてくれたことが、ありがたかったことが今の僕の気持ちは優先される。

「違います。少なくとも僕が住む世界では、治療不可能な病気ですから」

父がかかっているであろう闇雲ウイルスの病気は、治療法がないどころか病名もあやふやだ。しかも僕がいた世界で治せる奇病は、血龍化症候群、別名フェニックスシンドロームだけだ。

『この世界は治療可能だ。ただし四龍の許可が必要になるが』

「四龍?」

『来訪者相手に話す内容じゃないな。その話ならレバインに聞けばいい。ほら、もう着いたぞ』

見渡すとそこは、飛燕草に似た花が所せましと咲いていた。瑠宇さんは僕を下ろすと、人間の姿に戻っていく。

「言い忘れてたが、私は銀龍と呼ばれる種族にある。四龍とは違う」

「四龍と違う?」

「クリスタルの管理人ということだ。普通、白、赤、黄、青、黒のクリスタルがあるが、それらは本来1つのクリスタルだった。その1つのクリスタルが何かの変調をきたして分裂する。その分裂を防ぐために銀龍はいる」

「見ず知らずの人間に話してもいいんですか?」

「クリスタルワールドの人間はほぼ全員知ってる情報だからな。教えても害にはならんだろう。見たところお前は徳川爽と違って印はないからな」

確かに父親の右胸には入れ墨のような字が刻まれている。これが印だというのだろうか。

「ま、一般人でも知っておいて損はない」

すると、小柄で金髪でルビー色をした女性が、瑠宇さんに手を振る。

「瑠宇さーん」

「あぁ、景か。突然来てしまって悪いな」

景という言葉に、戦慄を覚えた。彼女の兄を殺したのは僕の父親だ。被害者が犯罪者の息子と遭遇するなんて、反対の立場なら僕は耐えられない。

「彼女は戸川景。レバインの奥さん」

景さんと目が合う。といってもレンズごしだから、向こうに僕の素顔は見えてない筈だ。

「初めまして、戸川景。いまでは徳川景なんです。えっと…」

「あ、鮎川蒼太です…」

自分でも恥ずかしくなるような消え入る声だった。どうか自分の兄を殺した犯人の血縁者だなんて気がつかないで。


「遠いところから大変だったでしょ?」


瑠宇さんとは違う柔らかな笑み。思わず油断しそうになるが、警戒心は解かない。

「あの…徳川礼さんは…?」

「礼さん?あぁ、あの人に用事があって来たのね」

「は、はい」

「ごめん。今、傷心中なの」


話の先が見えてこない。首を傾げる。

「見ず知らずの人に言うのもなんだけど、城主の跡継ぎ問題でね…」

「聖が家出したらしいな。瑠唯から聞かされた。あの聖が家出だなんて、珍しい」

「セイって誰ですか?できればルイのことも教えて下さい」

「セイは私の息子よ。ルイは瑠宇さんの娘。聖クリスタルスクールの同級生だったから、連絡は取り合ってるみたいだけど…」

「瑠唯のやつ顔色一つ変えずに、この件について言ったからな。にしてもレバインも強引なんだよ。スクール卒業してすぐに跡を継げだなんて言って」

「それは私も言いました。まだ成人すらしてない子なのに。あの子は自由を求めた。だから衝突は免れなかったと思う。隣で見てたけどあの喧嘩ほど凄まじいことはなかったわ」

その後も、礼さんと息子の聖さんの喧嘩について小一時間ほど話を聞かされた。普段は、真面目で優等生らしく、両親に反抗1つしない人だったせいか、景さんも礼さんも驚きを隠せなかったらしい。

「にしても、連絡1つ寄越さないんだもの」

「悪いけど、瑠唯に口止めされてるからな」

「じゃあ、居場所を知ってるのですか?」

「知ってるけど、無理矢理捜索したらあいつの心はさらに離れていくぞ」

「でしょうね…」


ため息をつく景さん。すると城門の正面から鋭い視線ととてつもない殺気を感じた。




………be continued


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ