【暗黒の狂詩曲3】
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−AM7:30−
爆破したトンネル出入口付近で眠っていたサキュバスが目を覚ます。隣で眠る聖。昨夜、留めなく流れていた血は赤黒く変色していて今は凝固している。どうやら致死量ぎりぎりのところで持ちこたえていたらしい。このまま起こすのは酷だと思ったサキュバスは、単身で葵の行方を捜索することにした。
とはいえ、プレイヤーが侵入できるエリアは、指令本部が建てられたD−4と今彼女がいるD−5、そして倉庫があるE−5しかない。葵がいるのは、E−5もしくはD−4エリアとなる。とはいえE−5はあと30分で侵入禁止区域となってしまう。早いうちに葵を探し出さなければ、自分の命が無くなる恐れもあるのだ。死と隣り合わせの境地で敢えて南下して、倉庫の扉を開ける。
すると、毛布に包まった葵と彼女に寄り添う蒼太、そして血だらけになって倒れていた盟友の亡骸があった。
「サーペントさん。僕のためにごめんなさい…」
さめざめと泣く葵の頭を撫でる蒼太に昔の幼い二人を思い出して、涙腺が弱くなる。蒼太がこの世界に来た時は確か、5歳の頃だ。となれば自分が思い出した情景はもっと前の時になる。
(あの頃は、礼も皆も一緒にいたのね)
それを引き裂く原因になった景を恨まなかったわけではない。しかし、その原因よりも自分の夫が、礼を酷く突き放したのことが衝撃的だった。その理由を何度も聞こうとした。だが、何も取り合ってくれなかった。だから、サキュバスも礼を探さざる得なくなった。別の目的ではあるが、蒼太もサキュバスも礼を探していた。皮肉にも爽の元にいた葵が礼を見つけてしまったのだ。
(葵も気の毒だったわね…)
「ねぇ、兄さん。僕、そろそろ行かなくちゃならないの」
「…聖に会いに行くんだな」
「嫌なの?」
「共に生きられる保障はないというのに、空しいとは思わないか」
「ううん。聖は僕が葵でいることを初めて認めてくれた。黒龍になっても、僕は彼のそばにいたい」
「………」
背後で聞こえる、葵の覚悟に在りし日の爽を思い出す。
「それって、駄目なんだろうね。地上の世界の人達からすれば、僕は闇一族に加担することになるんだろうね」
「だとしてもお前がそうしたいならいいと思う。例えそれが茨の道だとしても」
「兄さんはその信念があるから主催者をやめないの?」
「いや、そうじゃないさ。ただ、俺はリリー達と違ってサイボーグ化されなかっただけさ」
だからこそタナトスに完全に服従しているわけではない。
「サイボーグになった人は強くなるからなったの?」
「近からず遠からず。もしお前が…」
「僕はなりたくないよ。ラフォーレ姉妹の目や、ローパーガールの目は明らかに死んでいた。人としての大切な感情がなかった。でも、兄さんは違った。僕にだけかもしれないけど…とても優しい」
思いがけない言葉に目を見開く蒼太。
「優しいだと…!?」
「うん。僕をずっと守ってくれたんでしょ」
「守ってなんかいない…」
すると、胸元の防弾チョッキに刺さったガラスの欠片を、差し出す。血濡れたそれを見て、思い当たる節があるのか顔を逸らす。
「それ…」
「お守り。銃弾に撃たれた時、これがあったから生きてこられた。生前の輝樹さんに念のために血液検査をしてもらいました。そしたら、これは父の血液でなく、貴方の血液だった」
それはかつて、単身で未来に行く蒼太に寂しがった爽のために、自分の血液をガラス瓶に詰め込んだものだった。
「守るためのものじゃない。俺が生きた証なんだよ…」
「でも、どうして兄さんの血は闇一族に染まってない頃に採取されたものだったのに、礼さんが闇一族の血液だって言ったの?」
「あの人は自分の弟が闇一族だったから、トラウマだったんじゃないのか。でも、守れたのが本当なのか」
「うん。守ってもらえた。それに僕のことを褒めてくれた」
「あの言葉…聞こえてたのか?」
「うん。微かにだけど。いい度胸だって。本当なら褒められたかった。でも僕がしたことはとても褒められたことじゃなかった」
堪らなくなったサキュバスは、そっと葵を抱きしめた。それには蒼太もびっくりした。
「母さん!?」
「サーペントのこと悔やんでるの?」
「………」
「母さん…」
「サーペントに生きる意思はなかったのよ。でも、最期に役に立ちたかった。あの人の最期はあの人の手で終わった」
「でもっ…」
「8時には、聖と集合するんでしょ。もう時間はないのよ」
時計の針は7時50分を差していた。
「僕は…会いに行けない」
「会いに行け!俺みたいに後悔したいのか」
「えっ!?」
目を丸くさせる葵。うろたえる葵の手を引っ張るサキュバス。
「蒼太…」
「いずれ、聖とは真っ向勝負で戦うことになるだろう。だから会いに行くんだ」
つまり、双方死ぬ気で戦うことを意味している。
「嫌だ。会いに行かない。この手は血で汚れてるんだよ!!」
「それでもお前は、聖に会いに行くんだ。ちゃんとそばにいてやれ」
その声が微かに奮えてることに気づき、はっとする。
「まさか兄さん…大切な人をこのゲームで失ったの」
「あいつのロケットペンダント見ただろ」
「う…うん。もしかして…え?」
「母さん、先に行っててくれないか。必ずそちらに葵を戻すから」
「蒼太…」
きっと兄妹2人きりで話したいことがあるだろう。それを察したサキュバスは2人の邪魔にならないように去る。
「お前…鈍感だろ」
「え?奏さん?いや違う。もしかして輝樹さん?え??」
「ここだけの話だが、輝樹もれっきとした女だ…」
「じゃあ瑠宇さんは???」
「瑠宇は男だ」
「は???聖は瑠宇ちゃん呼ばわりしてるのに…」
「そりゃあ、2人とも性同一性障害だからな」
「嘘………」
「嘘さ。瑠宇は女で、輝樹も男だ。ただ俺が異常なだけさ」
自嘲する蒼太。主催者側はBTと輝樹以外は皆、感情を捨てた人形でしかなかった。
「輝樹さんのこと好きだったの?」
「あぁ。だからタナトスの目を盗んで、食料を分け与えたり、お前達を見逃したりしたんだ。もちろんお前は大切な妹には違いない」
「告白は?」
「出来なかった。輝樹はすでに瑠宇にプロポーズした後だったから」
「兄さん、輝樹さんは生きてるよ」
目を見開く蒼太。遺体が見つからなかったがまさか生きているという発言に驚きを隠せない。
「……本気で言ってるのか?」
「うん。本気で言ってる。輝樹さんはすぐ近くにいる。だから、会ってあげて」
「まさか会ったのか」
頷く代わりにあるUSBを渡す。
「じゃあね、兄さん」
「………」
「兄さん、いままでありがとう。でも、聖と戦うなら僕は聖につくよ」
それは、逆に兄である蒼太と対峙することを意味していた。
「そう言うと思った」
「ごめんなさい」
去ろうとする葵の手を掴む蒼太。
「待って。葵…お前は生きろ。いいな?絶対だぞ。約束してくれ」
笑顔で頷こうとしたが、ある思考がそれを掻き消してしまう。
「でなきゃ嫌だ。ちゃんと幸せにならなきゃ…」
「分かってるよ。でも、僕は誰とも共生できないの。分かるでしょ?この意味を」
自分一人が生き残っても哀しみや孤独を背負い続けるしかできない。
「…あぁ。だからお前と輝樹をJOKERにしたんだ」
あのカードの細工はタナトスではなく、蒼太自身だった。その衝撃の事実に立ちすくむ。
「言っておくべきか迷った。でも輝樹から真実を話してほしいって言われたら従うしかないだろ?」
「本当、輝樹さんのこと好きだったんだね」
髪をかき揚げ、顔を逸らす蒼太はとても人間臭かった。
「今更どうこう言えないけど、僕は兄さんとは相容れない」
「もしかして…」
葵の瞳が紫色に変わる。
「どうやら、これが僕の運命だったみたい」
「死を受け入れるつもりなのか」
「どうせ捨てるべき命だったから。ちょうど良かったよ」
「良くなんかない!!」
「兄さんだって、それを覚悟してここにいるんでしょ?」
冷淡な声に魂までこのゲームの虜になってしまったのだろうか。
「僕は、聖を生かす。だって彼には待ってくれる家族がいる。でも僕にはいないから」
血塗れた鎌を片手で持つと、この世のものとは思えぬ死神の姿を見て、タナトスが彼女を欲しがったのも納得がいく。
「僕が生きてしまえば、恐らく次のタナトス役は僕になるだろうね」
「まさか、全部知っていたのか」
「うん。全部知ってる」
「流石、輝樹と奏が認めた頭脳」
「兄さん、本当にさようなら」
去り際に見せた痛みの伴う笑顔に、今生の別れを感じて長年忘れた涙が流れる。
「葵…お前は何があっても生きろ」
その声に涙が含まれていたことを敢えて気付かないふりして、聖のいるトンネル近くに向かう。するとサキュバスに担がれた聖の変わり果てた姿に驚くも、D−4エリアへ共に急ぐ。
鳴らないはずの腕時計のアラームが鳴る。すると、忌まわしき声が鼓膜に響く。
『おはよう諸君。いよいよ我が砦に門が開く。ふふふ、君達の中で必ず死亡者は出る。そして、君達がそれを決めない限りこのゲームは終わらない。つまり餓死もありうる。生き残りたければ他の参加者を殺すしかない。聖者ぶっても所詮は殺害をせねばならんのよ。ふはははははは!!』
アラームを消すと意を決して、指令本部の中に入る。エントランスに入ると、扉が独りでに閉まる。
「どうやら、外出不可能のようね」
「逃げ場所を失ったわけだね」
つまり、前回輝樹が使った逃走方法を見越しての対策だろう。
「流石、更新するデータ媒体ってことだね。あのね、母さん」
「なに?」
「ここの構造分かる?」
「分かるも何も、貴女全部分かったって、蒼太に言ってたじゃない」
「いや、聞いてみただけ。聖…」
エントランスに下ろされた聖は、血の気が完全に引いていて、触れるとひんやりとしていた。トランスの副作用で血液を大量に失われてしまったのだろう。
「聖…」
「私、先行ってるわよ」
「この先に罠があるかもしれないよ」
「いや、タナトスは私達を殺し合いを進める映像を、高みの見物をしているわ。あの男は、自分の手を汚さずに人を抹殺するのよ。大丈夫。ここは私のホームグランドだから」
「母さん…」
「とにかく、聖が目を覚ますまで、そばにいなさい」
「分かった。母さんも無理だけはしないでね」
「貴女もくれぐれも無茶しないでね」
サキュバスを先に行かせると、エントランスの壁に横たわる聖の顔色を確認するや否や、手首をナイフで切って、意識を失っている彼の口内に血液を流し入れる。すると、青ざめていた彼の顔色が幾分か、治まってゆく。どうやら、聖と葵の血液は相性が良かったみたいだ。
「…う…ん」
長い眠りから漸く意識が覚醒される。すかさず手首を抑え、タオルを巻き付ける葵。
「気がついたみたいだね。聖」
体を起こそうとする聖の背中を支えると、ぬるっとした液体の感触に違和感を覚える。おそるおそる匂いを嗅ぐと鉄の匂いがした。どうやら闇化トランスの際に、龍化したあとの副作用で、翼の名残で背骨の部分から大量の血液が流れてしまったようだ。
「今…何時だ」
「8時だよ」
「ここは?」
「指令本部のエントランス。母さんは先に行った」
「とりあえず俺達は無事なんだな」
「…うん。でも」
苦い顔つきになる葵の心情を察したのか、首を横に振る聖。
「大丈夫だから」
「…聖。お腹空いてない?」
「そういえばお腹が空いたなぁ。指令本部にコンロなんてあるのかな」
「母さんに聞いた方がいいかな?」
聞こうとしたら、エントランスに戻ってくるサキュバス。
「目が覚めたみたいね」
「なんとか。だけど、激しい動きはできそうにないな」
「ねぇ、母さん!食料とかある?」
「えぇ、あるわよ。調理器具なら3階にあるわ。でも料理ができるほどの材料はないわ」
「分かった。マッチや簡単な着火用具は僕が持っているから。2人は昨日疲れたでしょ?しばらくそこで待ってて」
不自然な気遣いに、不信感を抱くサキュバス。
「貴女、料理なんてできたの?」
「簡単なものならできるよ」
それは真っ赤な嘘だった。だけど、これ以上問い詰めては、聖まで葵に不信感を抱かせてしまう。それだけは避けなければならないと思ったサキュバスは何も言わなかった。その気遣いを察した葵はサキュバスを手招きした。
「ごめん。母さん教えてくれない?」
「ちょっと待てよ!俺を置いていくな」
「聖…すぐにできるから。ね?」
「そうよ。それにもうローパーも襲い掛かってこないから安全よ。ほら、もう少し休みなさい」
「…わ、分かったよ」
葵は黒装束に付属してあるマントを聖の肩に被せると、サキュバスと共に3階に向かう。調理器具のある3階の部屋の明かりをつけると、コンロらしきものが設置されていた。試しに火をつけると正常についた。
「…母さん」
「なんとなく話は分かるけど」
「じゃあ、共犯者になってくれませんか?」
輝樹から預かった、オブラート上の白い粉を見せる葵。
「でも、成功する可能性は極めて少ない。それに加えて貴女の命が危ないわよ」
「一か八かだと思う。でも聖と母さんは確実に生かします」
覚悟を決めたその瞳は、かつて愛した爽が礼に対する覚悟と酷似していた。
「だから、くれぐれも聖には見破られないようにお願い。僕だけじゃ心許ないから」
「…なるほど。肝に命じとく」
………be continued