【暗黒の狂詩曲3】
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ノートパソコンを再び起動させる。輝樹のデータの残りのパスワードは2問だ。隣にいるレーネに見せる奏。
「あれ、大切な人と、その人の誕生日じゃない。分かるでしょ」
「いえ…該当する人は全員させていただきました。僕の両親、僕、瑠唯さんの名前を入力してもパスワードは解読できませんでした」
「じゃあ…徹哉さん」
「あ、そうだ。すみません。レーネさん貴女の誕生日を教えてください」
「データ化できない筈よ。私は死亡扱いされるもの」
「でも、兄さんの原点は貴女なんです。兄さんのためにも、貴女の生まれた日を教えてください」
「輝樹は知らない筈よ。私の誕生日なんて。ましてや私達は直接の面識はないから」
なかなか明かそうとしないレーネに、最終手段として、とっさに銃を向ける。見た目とは裏腹な冷酷な眼差しに、何故輝樹が彼をエントリーさせなかったが分かる。
「等価交換が必要になるけど」
たいして怯まないレーネに、観念したのか銃を下ろす奏。
「何が御望みですか?」
「貴方は、このゲームにエントリーしたことはあるの?」
「何度か試しましたが、どうしてもエントリーはできないみたいです」
「つまり、輝樹が阻害したのね」
「でも、本当は参加したかった。兄さんだけに負担を掛けたくなかった…」
兄弟でもない2人だったが、並の兄弟よりも絆が強く結ばれている。
「だからデータ収集やサポートをしたかった。ところで等価交換とは何でしょうか」
「奏くん、あのゲームの結末をこの目で確かめる勇気と覚悟はあるの?あくまでもデータ上ではなく、実地体験で」
「予測していた以上に酷い有様だとは思います。それに兄さんがデータ上死亡者となりましたが、いまいち信じられないので確かめたいです」
揺るぎない意思と瞳に、観念したのかレーネは自分のジョブカードを彼に差し出す。
「なるほど、電子エンジニアでしたか」
生年月日を確かめる。現在より43年前の年月が示されている。つまり少なくとも今年には43歳を迎えるのだ。輝樹似の端麗なる容姿と意外な年齢にひそかに首を傾げる。
「信じてもらえないのは分かるけど、それが私が生きている証なの。ほら、パスワードに入力するんでしょ」
そう言う前に、レーネの本名と、失われたはずの生年月日のデータを入力する。すると、漸くゲームの後半で、最終パスワードを解き明かしたのだ。その画面から次の画面に変わると、黒い背景に赤い文字がおどろおどろしく配列されている。しかし、英語でもジパング語でもない、言葉にもならないでたらめな文字が画面上一杯に溢れ出る。その不気味さに思わず閉口するレーネ。
「わが息子ながら趣味の悪い…」
画面上に触れ、メモ帳に解読した文字を書き込んでゆく奏に、驚きを隠せないレーネ。
「よ、読めるの!?」
「えぇ、これは闇一族の暗号みたいなものです。そう、この英文字は最初から最後まで全部ひっくり返すと読める逆さま文章なんです」
「闇一族でもないのに、どうして解読できたの?それに輝樹も…」
「僕達は母さんから闇一族の暗号を教えてもらいました。だから、闇一族でなくても解読できます」
「だったらどうしてタナトスはこのデータを解読できなかったの?」
「簡単です。タナトスは人間ではないから」
「それは分かっているわ。データ媒体としては最高峰と言われたタナトス・リマインドよ?」
「残念ながら、更新速度は兄さんの方が上だったようです。とはいえ電子エンジニアでさえも見分けが付かないくらいの僅かな差でしたけどね。所詮データはデータです。もしも、本物のタナトスいやカインだったら、どうなるか分かりませんでしたが」
「自分の寿命に限界を感じて、膨大データを疑似人間に埋め込んだ。そして随時更新できるようにパッチを入れた。しかもそれは複製不可能なもの…」
「どうやら本物のタナトスと兄さんは面識があるようですね。つまり同じデータ媒体を他の誰かから、預かったか」
「そんなこと出来るのは、ただ一人」
「馬熊徹哉。貴女の婚約者だった方ですね。彼はドクターでありながらハッカー界における先駆者でしたね。そして僕の父は兄さんを預かった日に解析を始めた。でも解析できなかった。そのチップを兄さんが13歳の時に、返した。そうこのチップこそがゲームデータではなく、指令本部のバリアを解除する装置のデータでした。まあ、ゲームデータ自体はタナトス・リマインドの内蔵チップにありますので、彼を消滅しなければゲームはまた更新されます」
つまり、消滅しないように用心棒役として蒼太や他のメンバーを集めたのだ。
「このデータはタナトス独自で作られたものではありません。これは、馬熊徹哉そして中川…」
「キキ・サイファ…彼の本当の名前よ」
胸に手を当てる奏。
「その名前は、見たことがあります。タナトスが逃がした第一、そして最高の後継者だったと。やはり兄さんは主催者側になる予定だった。この際どちらで呼んでも構いません。ですが兄さんは僕のたった一人の兄さんです」
「でもキキは、タナトスの反逆者になってしまった。あの子は一年前から今日に至るまで、ほとんどご飯も食べられなかった」
「そのことさえ知ることは出来なかった。でも、ちがう気がします。徳川蒼太別名ローパーが監視下で陰で支えてくれたと、兄さんからメールをもらいました」
徹哉以外にも協力者がいたことに唖然とするレーネ。
「彼の目的は、聖先輩の父親の礼さんの記憶媒体となるデータを取り戻すことでした。いつか兄さんのような反逆者が来ないかとずっとあの暗闇の中で待っていたそうです」
「じゃあ蒼太くんの妹さんも?」
「彼女の目的は、礼さんが、幸せかどうか聞くことです。目的の終着駅は同じことに至りました」
巻き込んだ人間の多さにため息をつくレーネ。それでも尚、話を続ける奏。
「徳川家は皆、礼さんのためにあのゲームに参加した。そして兄さんはあのゲームを壊すために、地下世界に舞い戻った。僕にできることは彼らのサポートをするぐらいです」
話を終えると、早速羅列データを解読したメモをもとにして、次の画面に文字を入力する。するとまた鍵のついたページが表示される。
「ここからは全くの未知数ですね…」
表示された質問の意味が分からない。
【右に希望あり、左に絶望あり】
すると、会議室にはいなかったリークがいきなりやってきた。
「リークさん、まだ休んでなかったんですか」
「流石に昨日の今日だからな。俺はまだいいが、フラットが眠れないみたい」
リークの背後から、苦笑しながら入るフラット。
「大の大人が情けない。あぁ、これね。昔闇一族の世界に入った時に惑わしの塔に書いてあったパネルの1つだね」
フラットの言葉に導かれるように、画面を凝視するリーク。
「あぁ、多分この答えは【惑わしの塔】じゃないの?」
「つまりキーワードとなる場所を入力すればいいってことだよ」
早速そのキーワードを打ち込むと、画面が一瞬にして何かのモニター画面になる。
「ここはいったい…」
「皆さん、レーネさん、すみませんが退室お願いします」
「何故?」
「これは兄さんから僕に課せられた試練です。レーネさん、貴女には…」
「分かった。くれぐれも無理しないように」
「フラット先生も、リークさんも…」
俯く奏に、頭を撫でるフラット。
「大丈夫。今すぐには気持ちの整理はできないけど、父さんのためにも僕のできることをする」
「そういうことだよ。でも、輝樹は生きてるよ。あいつの生命力はゴキブリ並なんだろ?」
「…それ、僕の」
「恋人の言葉でしょ?信じてるんだろ」
そう言い残して去るクリフト兄弟。
「レーネさん、貴女なら分かりますよね。このモニター画面がどこを映しているか」
モニターに映された横たわる金髪の人物に絶句するレーネ。その様子を見て、輝樹自身がモニターを介しているという仮説が、確信に変わった。
「で、でも…キキは、死んだ」
地面に横たわる血の変色加減からして、爆破は免れなかったのだろうと絶望するレーネ。
「いいえ、あれは主催者側の返り血です。ただし暴死判定がされているので、多少影響はあるようですね」
「キキ!!キキ!!」
画面越しから叫ぶレーネに、腹を痛めて産んだ子はやはり彼女にとって掛け替えのない存在なのだと第三者ながら実感する。
「目を覚まして!!私よ。貴方が探し求めていたレーネ…」
輝樹が今、目を覚ますと非常にまずいのだ。急いでUSBを抜き取り、初期画面にしてからノートパソコンに蓋を閉めて、電源を切る。彼女に静かにするように示唆する。
「どうして」
やはりレーネとしては、奏の行為に納得が行かない様子だ。
「今回は兄さんと繋がっているか確認がしたかっただけです。下手な真似をすればせっかく助かる命でさえ犠牲にしかねませんよ?」
「だからって、あのまま何もせずに指をくわえて待っていろと言うの?」
「今は、その時ではないのです」
声を荒げるレーネに至極冷静に対応する奏。
「…それに、目を覚ましては不都合なんです」
「死亡者として、タナトスの目を盗んでデータを壊す作戦を阻害してしまうから?」
諭されて、漸く冷静になるレーネ。
「そういうことです。ですから、今は歯痒いかもしれませんが、待機して下さい。そして、くれぐれもこのことは僕と貴女、そして…」
「もう一人のJOKER以外には内緒ってことね。データ上の【デルタ・アタック】を仕掛けるのね。でも…仮にキキがこのゲームを終えてから、モニター画面で情報提供しようとしても、タナトスの方が遥か向こうに更新してしまっている。それに追いつくにはあの子でも最低1日以上は掛かるわ」
彼女の言葉ににやりとする奏。
「だからこそ、もう一人のJOKERの力が必要なんです。ネタあかしをしますが、もう一人のJOKERは、徳川葵さんです。彼女のスキルも、僕は高く買っています。今、他の参加者とは外れて解析を始めた模様です。ただタナトスによって根本となる通信はつながらないので、どこまで進んだかは分からないのが難点ですが」
「貴方達がしなければならないのは、ゲームデータとバリアの消滅よね」
「いいえ、それだけでは足りません。ゲームデータに関係する四龍のデータを切り離す作業が必要となります。タナトスが完全消滅すると、四龍の4人はほぼ確実に死にます」
「タナトスと四龍が関係していたのは分かるけど、まさかタナトスの死が四龍の死に直結するなんて…」
肩をがくりと落とすレーネに、ため息をつく奏。
「そして四龍の血筋に繋がりを持つ人間にも多少、影響します。四龍以外で一番血の繋がりの濃い聖先輩はすでに黒龍となってしまった」
「いずれは闇一族に仲間入りするの?」
「いえ、闇一族の生き残りはサキュバス、そして徳川爽のみですからそれはありえません。ただタナトスは礼さんの力を引き継ぎ、かつ闇の力が強い聖先輩を何らかの形で利用するでしょう。となれば葵さんの末路が決まってしまう」
どんな時も聖を愛していた葵のことだ。きって彼のために犠牲になる選択をしかねない。
「まず、それを止めるために敢えて僕は、ローパーである蒼太さんを使いたい」
「ローパーを使うなんて、無謀にも程があるわ。タナトスの手駒なんでしょ?」
タナトスの本性を自分の擬似アンドロイドの画面モニターを介して、見てきたレーネの意見はもっともだ。しかし、蒼太の真の人間性を知っている奏だからこそ彼を使う作戦を企てた。
「しかもローパーだけメンバーが15年間変わっていない。今頃、徹哉さんみたいに反乱を起こす気はないはずよ」
「実はですね。貴女にだけ申しますが、改めて申します。徹哉さんは生きています」
「アンドロイドを使ったのは分かってる。彼も相当な技術者だから。でも多分タナトスはそのことを知ってる筈。徹哉さんは使えないからローパーを利用するわけね」
「失敗すれば、ローパーの命は愚か、生き残ったプレイヤー全員の命はありません」
13歳の幼い彼が、何人ものの命を握っているのだ。その重圧に耐えることは並大抵なことではない。
「本来、この役目は兄さんが買って出るつもりでした。本当は、怖くてガタガタ震えても仕方ないのに、何故か頭が冷えてゆく気がします」
「この作戦を知っているのは?」
「JOKERの2人と蒼太さんだけです。だから誰にも言わないで下さい。そして」
「私もその責任を負うことになるのかしら?」
「自らの手で人を殺すことと同様の罪になります。貴女の収容された場所だと死刑は免れませんよ?もちろん私も少年院ではなく貴女と同じ運命を辿ることになりますね」
「両親には言った?」
「………」
「言えるわけがない。そうよね…。メールで見た貴方の性格上。でも子を失う母の」
最後まで言い切る前に、机を何度も叩く奏
「いくら貴女が収容されたからって、どうして兄さんを奪われたのですか。獄中でも出産した母親と子は一定期間一緒にいられた筈だ。まさか…!?」
「貴方の思っている通りよ。当時、優勝者だった徹哉さんの命をこのスイッチ一つで奪うと脅されたの。そして徹哉さんは、私が生きているのも知らずに、望まぬ主催者をやり続けることになった。そしてキキも…」
「ということでしたか。兄さんはいつも貴女を慕っていました」
「キキが思うほど聖女じゃないの。私は自分かわいさにあの子を手放した」
「……それを聞いたら兄さんがあまりにも可哀相じゃないですか」
すると、消した筈のパソコンが勝手に起動され、前のモニター画面が現れる。急いで画面を消そうとすると、ある男性が真顔で映っていた。
………be continued